日和童話〜シンデレラ〜 CAST: シンデレラ…鬼男 継母…閻魔 姉1号…太子 姉2号…妹子 魔法使いその1…芭蕉 魔法使いその2…曽良 王子…??? 昔々あるところに、とても哀れで不幸な娘がおりました。 早くに母親を亡くし、父親を亡くし、継母の元でこきつかわれている、可哀想な娘です。 娘は灰をかぶったようにみすぼらしいので、灰かぶりという意味のシンデレラという名で呼ばれていました。 この娘は灰というか泥をかぶったような褐色の肌をしているのでシンデレラではちょっと妙ですが、まあ面倒くさいのでシンデレラということにしておきましょう。 監視役の夫が死んだのをいいことに、継母や姉1号2号はシンデレラを使用人のように扱います。 姉1号が言います。 「シンデレラ、洗濯物を干すでおま」 姉2号が言います。 「シンデレラ、すみませんが夕飯のおつかい行ってきてもらえますか」 それを聞いた姉1号が喚き立てます。 「人参とじゃが芋と玉ねぎと豚肉、あとはこ●まろの中辛だぞ。ちゃんとメモに書いとけ」 「それ思いっきりカレーの具……これで何連続だと思ってるんですか、いい加減にしろ!」 姉1号はカレーが大好きなので、夕飯の注文を取れば必ずカレーを提案します。しかし普通にいろいろ食べたい姉2号は我慢なりません。おかげで夕飯の献立を決めるのに毎回時間がかかります。シンデレラは軽くうんざりです。 「大体何でいつもいつも太子のリクエストが通るんですか。僕だって好きなもの食べたいんですよ、酢豚とか筑前煮とかアジの開きとか!」 「渋いなお前」 「あのー、ロールキャベツでいいッスか」 呆れかえったシンデレラが棒読みで提案すると、二人の義姉は「異議なし」と言ってまた口論を再開しました。シンデレラは買い物かごを持ってさっさと屋敷を後にします。 別に家事は嫌いではないし、生活能力に乏しい継母や姉達に家の事を任せれば屋敷が崩壊するのは目に見えているので、こきつかはれてはいてもシンデレラはあまり辛さを感じていません。 それに姉二人の要求はいつも大したものではありません。たまに姉1号が「四つ葉のクローバーが欲しい」などと面倒くさいことを言いだしますが、それを除けば可愛い注文ばかりです。 継母に比べれば。 継母は容赦ありません。機関銃のように命令しまくります。 しかし一つとしてまともな注文はありません。 「シンデレラ、朝ご飯にオムレツを作っておくれ。ケチャップで『大好き』って書くんだよ」 「シンデレラ、洗濯をしておくれ。シーツを特に念入りにね」 「シンデレラ、お昼頃に宅配便でセーラー服が届くはずだから、中身を確認したら試着して俺の部屋にいらっしゃい」 「シンデレラ、お風呂に入ったらローションを持って俺の寝室に来ておくれ」 「シンデレラ、おはようのチューを」 「いい加減にしろ」 シンデレラがはたきで継母のほっぺたをスパンと引っぱたくと、継母は踏まれた犬のようなギャンという声を上げました。 「何を要求しとるんだおのれは」 「だってシンデレラは下働きだからこきつかっていいって言われたもん……」 「下働きに夜伽を要求するな」 「いいじゃん別に」 「頼むからちゃんと演じてくださいよ。シンデレラが継母に食われるなんて聞いたことねぇ……!」 シンデレラは床に崩れ落ちて顔を覆います。その姿はまさに悲劇のヒロイン。シンデレラの貞操の危機、しかも相手はお母様と来たらもはや喜劇ですが。 継母は落ち込んでいるシンデレラの傍に寄り、その肩を優しく包みます。そして慈しむように唇を耳元に寄せるのです。 ダークブルーの素敵なドレスのまま。 「そんなに嘆くことないでしょ。昨夜だってあんなに楽しそうだったくせに」 「言うなそれを。くそ、死んじまえ……!」 「ほんとは豪華なドレスだって買ってあげたいのにさ、地味な方がいいっていうから」 そうなのです。シンデレラの服はパッと見みすぼらしいように見えますが、それは従来のイメージの先入観からくるもので、シンプルなワンピースにエプロンという地味ないでたちですが、その一つ一つは上質なものです。 要するに、一見ぞんざいに扱われているようで、継母はシンデレラを甘やかしているということです。一体どうしたことでしょうか。 「もう嫌こんな家出てく……王子んとこ嫁ぎます。だから舞踏会行かせてください」 「そんなの許すと思う?」 「ですよねー……」 「俺も行きたかないんだけど、招待されてるからまあ一応ね。すぐ帰ってくるからいい子でお留守番しててね」 「わかりました、わかりましたから、いい加減離れてください」 がっつり抱きしめられながら交わす会話ではありません。継母の声のトーンは完全に夜用になっています。耐えきれずに、シンデレラは真っ赤になって継母を押しのけました。 「お母様とシンデレラ、仲いいですよね」 「あれは仲いいっていうか、うーん……」 「うーんですよね」 その頃、ちょっと間違った方向に親密になっている実母と義妹の関係について控えめに語りあいながら、姉1号2号は自室で夜の紅茶を頂いていました。 そして舞踏会当日。継母に「もし後からついて来ようものなら、逆さ吊りにしちゃうからね」と笑顔で宣告されてしまいましたが、物語の進行の関係上行かないわけにはいきません。 SMプレイ覚悟の決死の出陣。しかしそんなところで悲劇のヒロインを発揮したくないシンデレラなのでした。 「どうやって行こうかなー……。ドレスも無ければ城までの足もない」 途方に暮れていたところ、その肩を後ろからつつく存在が現れました。驚いて振り返ると、見知らぬ中年の男が立っていました。 「どなたですか」 「あ、魔法使いの芭蕉でーす」 シンデレラはほっとしました。配役としては適任です。ここのところミスキャストに悩まされている彼女としては配役によって胃の調子が左右される今日この頃。なんと不憫な青春時代でしょうか。 「魔法使いその2の曽良です」 その背後に立つ、イケメンなのですが何やら威圧感のあるオーラを持った青年を見つけ、シンデレラは思わず「ひっ」と声を上げました。 「何故僕がその2で芭蕉さんがその1なのか甚だ疑問ですが」 「べ、別にどっちが1だっていいじゃないか」 「そうですね、この場合格下という意味での2ではないので」 「暗に師匠を格下と言うな……!」 しょっぱなから置いていかれているシンデレラはぽかんとする他ありません。自分にドレスと足を提供する気があるのか大変気になるところですが、タダで施しを受けようとしているので何も言えません。 「舞踏会に行きたいんだよね?今から素敵なドレスと素敵な馬車を用意するから待ってて」 魔法使いその1が微笑みます。シンデレラはどうもお手数おかけします、と頭を下げました。 「本来なら呪文があるのですが、著作権で訴えられると面倒なので自己流で行きます」 かの有名な、濁点の無駄に多いアレですね。一体あれは何語なのでしょうか。 シンデレラがちょっとドキドキして待っていると、魔法使いその2はシュキラリンと素敵な効果音を立てた後、その脳天に突然チョップをぶちかましました。 「ふぎゃっ!」 呪文かと思っていたのにいきなりチョップを頭にお見舞いされ、シンデレラは涙目になってうずくまりました。その1が慌てて駆け寄ります。 「だ、大丈夫?!駄目じゃないか曽良君!一応女の子なんだからもっと加減しないと……」 「すみません、芭蕉さん相手にしかやったことなかったもので」 「いや、そりゃあいつも容赦ないけどさ」 話しているうちに煙が立ち込め、シンデレラの体を包みます。気がつくと、そこには真っ白いドレスに身を包んだ自分が立っていました。しかし魔法使いたちはお気に召さないのか、そろって首をかしげます。 「参ったな、ぺったんこだ。これじゃ王子様に色仕掛けが……曽良君パッド出そうか」 「Eカップくらいですか」 「いらないいらないいらないいらない」 シンデレラはぶるぶる首を振りました。ただでさえドレス着用というだけでも十分な羞恥プレイなのに、その上パッドだなんて、変態街道まっしぐらは御免です。 そして、なんやかんやで馬車も出してもらい、準備は万端。痛い目にはあいましたが世話にはなったので、シンデレラは頭を恭しく下げました。 「どうもありがとうございました、いってきます」 「いいえー楽しんできてね」 「お辞儀するときに胸の谷間を強調するんですよ」 「いい加減乳ネタから離れてください……」 シンデレラががっくりと肩を落とすと、魔法使いその1が「あっ」と声を上げました。 「忘れてた。その魔法、12時には切れちゃうから気をつけてね」 「12時?ずいぶん早いんですね」 「適当に食べて飲んで踊ってればなんとかなるでしょう」 「簡単に言うけどね……」 「じゃ、いってらっしゃーい」 二人の魔法使いに見送られ、シンデレラは馬車に乗り込み屋敷を後にしました。 「馬子よ、何故私は身を固めねばなるまい?」 「世に女がおるからだ」 しょっぱなから電波な会話で申し訳ありません。 この国の王子である竹中さんは、大臣の馬子さんに問うていたのでした。今日は舞踏会です。同時に王子の花嫁候補選びでもあります。 しかし適当な返答です。 「そうか。良い娘が現れるといいな」 「まずはその後頭部を許容できる強靭な精神を持った娘でなければならぬ」 さらりと手厳しい事を言う大臣です。竹中王子のお顔はそれはそれは美しく、世の娘たちは皆頬を染めてうっとりとするのですが、視線をスライドさせた先にある湿った魚の後頭部がどうにもネックなようで、今までなかなか良縁に恵まれなかったのです。 今度こそはと、城中の皆がはりきっています。 「見ろ妹子。カレーのルーが魔法のランプっぽい何かに入っているぞ」 「太子、よだれ拭いてください」 お城についた姉1号2号は、それぞれ青いドレスと赤いドレスを身に纏って、豪華な城内に心を躍らせていました。何より素晴らしい料理に目を奪われています。周りの娘たちが竹中王子のおでましを今か今かと待っている中、この二人は完全に食い気に走っています。 「すごい、ケーキがあんなにたくさん……僕一度ホール独り占めしてみたかったんですよね」 「私一度ホールブン投げてみたかったんだよね、妹子に」 「死んじゃえサザエが」 「死んじゃえって……お前案外可愛いな。でもこの前はアワビって言ってなかったか?」 一方、シンデレラはと言いますと。 大分出遅れてしまった彼女は、ガラスの靴の靴ずれに悩みながらどうにか城には着いたものの、舞踏会が始まっていたので城門は既に閉まっていました。一応門番の人に話しかけてみたのですが、遅れてきたのもありますし、そもそも招待状がありません。これで入れてしまったら城のセキュリティは問題でしょう。 しかしこのままUターンしておうちに帰るのは悲しすぎます。シンデレラはしばらく考えていましたが、もうしょうがないので力づくで入ることにしました。 そして数十分後。 「やっちまった……」 まず門番を薙ぎ倒し、その勢いで城門が壊れ、仰天して飛び出してきた番兵達にビビったシンデレラはとりあえず彼らを片っ端からブン投げ、張り倒し、どつきました。 おかげで大広間までの廊下は死屍累々。免疫のないお嬢様方が舞踏会を終えて一歩廊下に出たら卒倒するでしょう。もうその辺は考えないことにしないとシンデレラは胃が持ちませんでした。 「だって通してって言ったのに襲い掛かってくるから……」 むちゃくちゃな言い訳を呟きつつ、馬鹿力に物を言わせて難関を突破したシンデレラは大広間の大きな扉を押しました。さっきの力が抜けず、危うく扉を叩き割りそうになりましたが、寸前でか弱い娘の腕を思い出すことに成功しました。 煌びやかな装飾と人混みに辟易して早くもくじけそうになりましたが、とりあえず王子を探し始めました。上手くやって玉の輿に乗り、継母の元から逃げ出さなねばならないので。貞操の危機はとっくに迎えてしまったのですが、その辺は相手方には黙っておくことにします。狡猾な娘ですね。 そうこうしているうちに竹中王子のおなりです。娘たちの黄色い歓声の中、美しい王子は現れました。別に後頭部が魚で湿っていようが、イケメンであるならば結構どうでもいいようです、ここの娘たち。よかったですね、竹中王子。 娘たちが王子に見惚れている中、姉1号2号は空気を読めずに料理をかっ食らっていました。シンデレラのご飯もまあおいしいのですが、プロの宮廷料理にはさすがに敵いません。 「妹子ムシャリこのツナピザモッシャ美味いぞモリリ」 「だからバリ僕は別にモグモグツナはどうでもパキいいんですがムシシ」 王子は一通り娘たちと顔を合わせていましたが、奥の方できょろきょろと辺りを見渡している風変りな娘の姿を見つけました。 褐色の肌に真っ白いドレス。美しいには美しいのですが、他の娘たちは明らかに様子が違っていました。なんというか、女っぽさがないというか。 王子はふむ、とあごに手をやりました。 「私のような変わり者には、変わり者の嫁がふさわしいのかもしれない」 そう考えて王子は席を立ち、シンデレラに近づいていきました。それに気づいたシンデレラは内心ガッツポーズ。掴みバッチシ、後は適当に上手いこと言って寝取ってしまえ。恐ろしい算段が彼女の頭を一瞬で駆け抜けていきました。生きる力ですね。 王子がシンデレラの傍までやってきました。彼女の緊張も高まります。 「もし、そこの褐色の娘」 「いたぞ!あそこだ!!」 王子の声を掻き消した大音声は、さきほどシンデレラが踏み倒してきた兵士の隊長のものでした。シンデレラは青ざめて「げっ」と言いました。 「城の襲撃者はあの娘だ!」 「何と、あんな小娘が?!」 「信じ難いが事実だ。ひっ捕らえろ!!」 城内は大パニック。もうこうなったら玉の輿どころではありません。とっととずらからないと命が危ない。シンデレラは舌打ちしてドレスの裾を引っ掴んで猛ダッシュ。しかし慣れないヒールで思うようにスピードが出ません。 「クソッ、あの魔法使い何だってこんな歩きにくい靴を……どうせドレスで足見えないんだからスニーカーとかでいいじゃねーか……!」 いいわけがありません。 騒然となった城内でもマイペースな王子は、逃げ出そうとしているシンデレラの後を追います。 「待て褐色の娘。私はあなたに興味がわいたのだ」 「ギャーつまづいたっ!!」 とうとう足をもつれさせてしまったシンデレラは思いっきりすっ転んでしまいました。その拍子に脱げたガラスの靴は宙を飛び、王子の額にクリティカルヒット。 「ゴフッ」 ばったりと倒れて脳震盪を起こした王子を見てシンデレラはさらに青ざめました。 「やっちゃったぜ」 気が動転して口調が乱れています。後ろには兵隊の大軍。腹をくくるしかありません。残ったガラスの靴を掴んでスプリンターもびっくりな速度で華麗なるトンズラを成し遂げました。 命からがらおうちに戻るとちょうど12時で、魔法は綺麗さっぱり消えてしまいました。まあ別に問題はありません。 騒動がどうにか落ちついた数日後。お城から国中にお触れが出ました。城に残ったガラスの靴の所有者を探しているから、一軒一軒訪問するから娘を出せよーという内容です。 そのガラスの靴がぴったりはまった娘を花嫁に……するわけがありません。そのガラスの靴はあろうことか王子の額をかち割ってしまったのですから。 要するに指名手配です。 さあこれからどうすんべとうんうん唸って考えていたシンデレラのところに、継母が飛び込んできました。 「シンデレラ、話は聞いてるね?」 「あーうん、どうしましょうね」 「まずいよ。このままだと君は国家転覆を企んだ大逆の罪で地獄行きだ」 「すっ転んだだけなんですけど……」 「というわけで逃げよう」 「そうですね…………は?」 ぽかんとしているシンデレラの手を、継母はぎゅっと握りました。近づいてきた瞳はいやにキラキラしています。 「逃避行だよシンデレラ。追手がやってこれないところまで二人で共に行こう。そして幸せにならなくちゃ」 「ぬあ〜〜なんかすごくこいつの思い通りで嫌だ」 「シンデレラさあ早く。遠い異国までランデヴーだ」 「ぬああぁぁぁぁぁ」 最後まで頭を抱えていたシンデレラを担ぎあげ、継母は屋敷を逃げ出しました。 『王子は変わり者の娘がお好みだそうだから、無限に広がる大宇宙とか言っておけば多分どうにかなる』と娘たちに書き置きを残して。 その通りに実行した姉1号は見事王子に気に入られ、ついでに2号も「イナフイナフ」と懐かれ、二人の娘は城で王子と3人仲良く暮らしました。 亡命に無事成功したシンデレラと継母も概ね仲良く暮らし、時々匿名で城に絵葉書を出し、家族との絆を築いていたのでした。 おしまい |