Be mine.



本当によく晴れた青空で、雲ひとつない空間がどこまでもどこまでも続いていた。
そういう空を快晴といい気持ちのいいものとされているが、僕は何故だか僅かに不安になる。
雲が無いと隠れ場所が無い気がして、丸腰で立っているような言いようのない心細さを抱くのだ。
そんな空の下、彼は十五分ほど前からここにいて黙々と四葉のクローバーを探している。

そろそろ飽きることだろうと思い、台所に行ってお茶を入れて戻ってくると、案の定彼は草むらの上で大の字になってぶうぶう文句を垂れていた。
「ないですか」
「ちくしょう」
返事にもなっていない悪態をつき、手足をじたじた動かしている。僕はため息をついた。
「草の汁がジャージに染みますよ」
「ないわけないんだ、ちくしょう」
「お茶がありますが」
「持ってきて」
僕は「えぇ……」というあからさまに嫌そうな声を出しつつも、湯呑を彼のところまで持って行ってしまった。草むらにしゃがみこむと、さくさくという音がした。爽やかな緑の匂いがする。
彼がお茶を一口飲んでふうとため息をつくのを見た後、僕は首を傾げながら尋ねた。
「何だってそんなに四葉にこだわるんですか」
以前から抱いていた疑問だった。色とりどりでもっと綺麗な植物はたくさんあるし、高く売れるわけでもない。そこまでするほどの値打ちがあるものだとは思えなかった。
「だって幸せになれるじゃないか」
彼がさも当然とばかりに言うので、僕は露骨に呆れて見せた。
「そんなの迷信だ」
「どうかな」
彼がにやりと口の端を挙げた。なんとなく面白くなくて知らずむくれてしまう。
「珍しい物を見つけたからって幸せになれるだなんて馬鹿げてる」
「妹子は夢が無いな」
「現実的なだけです」
くっくと喉を鳴らして彼は笑った。
「本来三つ葉のクローバーに何故四葉があるか知ってる?」
草むらから顔を上げずにそう尋ねてきたので、僕は肩をすくめた。
「さあ」
「体がまだ出来あがってない時に踏まれたりして傷つけられると、普通なら死んじゃうだろ」
何やら突然始まった話についていけず、僕は眉を寄せて「何ですかいきなり」と言った。
「でもそいつはへこたれなかったんだ。生きてやる、這い上がってやるって。そうしてもう一枚葉を出したんだ」
僕は眉間を緩めてはっと目を開いた。
「もちろん、そのままダメになっちゃう奴のほうが多い。だから四葉は根性のある奴なのさ」
太子は鼻歌を歌いながら依然としてそれを探し続けている。大勢の三つ葉の中を、かき分けてかき分けて。
「そんな奴に会えるなんて、何だかとってもラッキーじゃないか」
太子は「おっ」と歓声を上げ、ぷつりとそれを摘み取った。そして僕の方へ振り返り、嘘みたいに明るく笑った。

「お前もそうだろう?」

僕は胸を何かに射抜かれたような気がした。しかしそれは苦痛を伴うものではなく、むしろ解き放たれたような快さを感じた。
僕は下級豪族の生まれで、本来だったら聖徳太子の側で仕事が出来るような人間ではない。
何の縁でどんな目論見があったのかはわからないが、遣隋使に抜擢され、その後も太子の側近のような形で朝廷での仕事を任されている。
冠位十二階なんていう制度を太子が作ったおかげで、高い地位は高い家柄から出るものと思い込んでいたお偉方からの妬み嫉み諸々を、僕は一身に受けることとなった。
苦しかったが、僕には後ろ暗いものなど何もないので、ひたすら耐えて仕事に励んだ。何もずるいことはしていない。
この人が僕を必要としてくれていることが、僕の原動力であり、生きる意味なのだ。
彼は、その全てを知っていたのだ。

「……ありがとうございます」
僕は一度は傷つき、這い上がってきた尊い四葉を受け取った。何故だかこれも笑っているように見えた。
「何だよ急にしゅんとしちゃって」
「べ、別にしゅんとしてなんか」
「じゃあ何だよ」
「いえ、何ていうか……太子にそういうこと言われるとは思わなくて」
僕が言い淀んでもごもご口を動かすと、太子は何故か突然顔を赤くして眉を吊り上げた。
「べ、別にお前を褒めたわけじゃないぞ。ただ事実を言ったまでだからな。変な風に取るんじゃないぞ、絶対にだ」
「変な風ってどんな風ですか」
「ききき聞くなよそんなこと」
奇妙にどもりながら首をぶんぶん横に振り、太子はそそくさとその場から立ち去ってしまった。
草むらに一人残された僕は
「変な太子」
と思わず呟いていた。しかしすぐに彼が変なのはいつものことだと思い直す。
部屋に戻ったら押し花にしよう。
僕はつられて微笑んで指の中で四葉の茎をくるりと回した。
そういえば、あんなに探していたのに何故クローバーを僕に渡したのだろう。後で返せとやってくるのだろうか。
返したくないなぁ。
そんなことを考えながら、僕は空を仰ぎ見た。
雲のない青空を見ても、もう僕の胸に不安は生まれてこなかった。




四葉のクローバーの花言葉:Be mine(私を想ってください)


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