レディ・ゴダイバ


顔がある程度整っているというのは、やはり得である。何をしても後ろ指をさされにくいということにおいて。
でもそれだけではいけない。
顎を引き、背筋を伸ばし、まっすぐ前を見て、足取りは軽く。
そうすることで、自分は何も後ろめたいところがない、恐れるものなど何もない、自信があるということを示すのだ。
品のある内装の店内に入ると、案の定中は女性ばかりだった。店員も全員女性である。
俺は迷わずショーケースまで歩いていく。覗き込んで、どれにしようかと物色を始めた。
しかしたかだかチョコレートで値が張ることだ。それを買いに来た人間が何を言う、と思われそうだが、こういうものは全てが値段相応のものであるとは限らない。ネームバリューと素材の品質の高さと細工だけが売りの『作品』達の中から本当に美味しいものを選びぬく者を、慧眼と呼ぶ。

「これを」

店員に商品名を告げると、満面の笑みで「プレゼント用でよろしいでしょうか」と尋ねてきた。俺が頷くと、「少々お待ちください」と言って手早く準備をし始めた。
会計を済ませて店内を見ていると、背後から「逆チョコかなぁ」という若い女の声が聞こえた。
思い立ってそちらへ振り返ると、大学生くらいの女二人組はあからさまに驚き、失礼なことを言ってしまった、とでも言いたげに固まっていた。
しかし俺が笑顔を見せると、二人の顔がぱあっと明るくなり、けれどすぐに赤くなってこちらから目をそらした。
不思議なものだ。男女間であろうと、別に男が送ろうがおかしいことは何もないのに。そもそもチョコレートがどちらをより喜ばせるかというと、明らかに女性だ。

「お待たせいたしました」
店員に呼ばれたので、カウンターに向かう。白地に金の箔押しがされた紙袋を受け取ると、「良いバレンタインをお過ごしください」と言われたので、笑顔で「ありがとう」と返した。
砂糖が苦手な彼のために選んだ限りなくビターなチョコレートを手に、俺は彼のいる家に向かう。
そしてうんと濃厚なコーヒーを一緒に入れてやる。
彼はチョコレートそのものに喜ぶのではない。俺が贈ったということと、俺が彼のためにコーヒーを入れるということに喜ぶのだ。そして俺がそばにいることに。

彼は俺を愛している。
そして俺は今日に限り、天国のように甘いチョコレートを我慢して彼のビターチョコレートに付き合うのだ。




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