片腕の少年


A0地点で彼は生まれた
四角い箱みたいな部屋の中で
生まれた時から全部を知ってて
何をすべきかもわかってた


千五十九番公園はとても綺麗
花の香り 森の音
G59工場は気を付けて
鉄の溶けだす臭い 作業員の声


彼はA0地点で立ち往生


朝の街 昼の谷 夜の道
毎日歩いて行くの はてな

良いこととホントは 階段登った屋根裏へ
悪いこととウソは はしご降りた地下室へ

彼の体は不格好
左手だけでご飯 お風呂 文字を書くよ
バイバイもするよ


ある朝 四角い箱のすみっこに
右腕が立てかけてあった
恐る恐るくっつけて使ってみたら
びっくり とってもいい具合
嬉しくって 嬉しくって
お風呂では一番に洗うよ

朝の街 昼の谷 夜の道
毎日一緒に歩いて行くの はてな
それでいいと思えたの はてな
元からついてたみたいに 素敵な腕

お気に入りがたくさん入ったかばんも 右手で持つよ
春に聴く赤と青のリズムも
夏の虫取りや魚釣りも
秋の動物園の人気者も
冬の誕生日も
何もかもが素敵に見えてきた



ある朝起きたら 無くなってた 右腕
ベッドの下 クローゼット 洗面所 
公園 工場 ほうぼう探して
それでも 無くて無くて無くて
やっと見つけた 大きな流れるプールの中
沈みかけで もう半分しか見えず
手を伸ばしても届かなくて 
身を乗り出したら 上と下がめちゃくちゃに
水の流れを突き抜けて 下へ下へ
泡ぶくと一緒に見えたのは たくさんの手足
みんな規則正しく流れてた


彼は目覚めた ベッドの上
服は乾いてた 右腕は無いまま
プールを見に行っても もう見えなくなってた


彼はA0地点で立ち往生


彼は泣いた 泣いた
大地が揺れて 大雨が降って
日照りが続いて あちこち凍って
涙で海が増えたの
大人たちは慌てて 欠けた右腕用意した
彼は黙って泣いたまま
違う違うそれじゃないこれじゃない
あれがよかったの そうでなきゃ嫌なの
彼は全てを頑なに拒んで
片腕のまま暮らしてた



たくさんの太陽が昇って
たくさんの月が落っこちて
空が目を白黒させて
彼は大きくなった
左手も慣れてきた ご飯も少しずつ おいしくなった

ある時 おじいさんが一人訪ねてきた
おじいさんは彼の右肩を見て尋ねた

『不便ではありませんか』

彼はにっこりして首を振って 公園までの道を教えた
階段登ってすぐだよ
おじいさんはお礼を言って 行ってしまった
おじいさんが横を通った時 彼はうふふっと笑った

そして左手で バイバイをする



彼は今も A0地点にいる




main
inserted by FC2 system