恋は「奪い合い」だと思っていた 「変温動物みたい」 閻魔の零した言葉に、鬼男は緩く首を傾げた。 「何の話ですか」 「俺が」 この人は本当に、突拍子もないことを言う。少し呆れたようにそう胸の内で呟き、真上にある閻魔の乱れた黒髪に指を差し込んだ。 「俺って体温低いじゃない。感情とか体調とかで発熱することもないのに」 途中で言葉を切って、鬼男の汗ばんだ剥き出しの肌に触れた。 「なのに、ほら」 しばらくそこに触れているとじわりと熱が閻魔の手のひらを這い、浸透していく。ゆっくりと、手首から上へ熱が上っていく感覚が手に取るようにわかった。 「君に触れると、そこから熱が移るんだよね」 「そんなの当たり前じゃないですか」 「ううん、違う」 何が違うんだ。よく訳がわからず、鬼男は弱く眉をひそめながら、肩に触れている閻魔の手に自身の手を重ねた。 確かに、いつもより少しぬるい。比較するように閻魔の首筋に手を触れると、冷たいのではなく、体温が感じられなかった。 下手にひやりとしているよりひどく異常に感じられて、鬼男はおずおずと手を離す。 「ここだって、君の中に入ってるから熱いんだよ」 自身の足の付け根の間に目線を落とす。 自分と彼とを繋げるそれを「心と体を繋げる行為」などと馬鹿げた表現をするものが下界にいるらしいが、白濁にまみれて体の内部を犯している光景はどう見たってグロテスクにしか映らない。 そんな美しいものには、どう頑張ったところで見えそうにない。 しかし、熱に関してだけは別だった。 どろどろなその中に埋め込むと、そこから放射線を描くように体中に熱が運ばれていく。 体を重ねるたびに毎回感じるその感覚が、閻魔を何とも言えない心地にさせる。 「そこが熱くなかったら勃たないでしょう」 「いや、そういうことじゃなくてね。どう説明したらいいんだろこれ」 事の最中だというのに、何とも滑稽な問答である。色気のかけらもない。 しかし、この褐色の肌に覆いかぶさってその手を首に回されるだけで、溢れ出しそうな艶かしさをそこに見るのは何故なのだろう。閻魔は心底不思議だった。 余裕のない鬼男はもちろん可愛らしく、狂わせてやりたい衝動に駆られるが、たまに、今夜のように喋る余裕のあるくらいの状態で事に及べることがある。そういう時の鬼男は、何もしなくとも全身から色気を匂い立たせている。 何故なのだろう。涙を浮かべて喘いで髪を振り乱しそうな勢いの彼の方がよほど情欲を掻き立てられるはずなのに。 無言のまま不意に腰をぐっと前に押し付けると、奥を抉ったのか、鬼男が僅かに眉間を乱した。 「ん……」 下手をすると大して感じていないのではないかと勘違いしそうになるほどの淡々とした彼の声に、閻魔は酔いそうになった。 満たされる。 閻魔はそう感じた。その五文字だけが頭の中をぐるりと旋回している。 それと同時に何故だろうという五文字も頭の裏を歩いている。手放しで「満たされる」と感じるなんて。この体はこの心はどうしてしまったのだろうと閻魔は疑問なのである。 「参ったね。どんどん熱くなる」 どことなく寂しそうに閻魔は言う。 「全部奪ってしまいそうだ」 そう言いつつも、鬼男の頬に口付ける。 「しまいには君の方が冷たくなるんじゃなかろうか」 「大王」 ぴしゃりと、驚くほどよく響く声で遮られ、閻魔は面食らって言葉を飲み込んだ。思ったより響いてしまった声に、鬼男の方がきまり悪そうに視線をずらしていた。 しばらくして鬼男が口を開く。 「よく喋りますね今日は」 「そうかな。いつも喋ってるよ」 「女々しいことばかり言ってると言いたいんですよ」 ふんと鼻を鳴らして、鬼男は首に回した手をぐっと引き寄せて鼻先が当たるほど近くに閻魔の顔を眼前まで持ってきた。 「どうやったら冷たくなるんですか。中が熱いことくらいアンタだってわかってるでしょう」 内緒話でもするかのような低く潜められた声に、閻魔はまた熱が上ってくるのを感じた。 「うん、そうなんだけど、そういう意味じゃなくてね」 「奪うとかどうとか、そんなことばっかりだ」 アンタは、と小さく付け加えると、閻魔の頬に手を添えて、壊れ物に接するように丁寧に慎重にその唇に口付けた。 ゆっくりと離すと、少し寂しいような、残念なような表情で鬼男は閻魔を見上げている。 「共有しているっていう発想はないんですね」 閻魔は目を丸くした。 しばらくその状態が続き、痺れを切らした鬼男が沈黙を破る。 「いつまでじろじろ見てるんですか」 ばつの悪そうな顔をして目を閉じている。自分でもなにやら恥ずかしいことを言ってしまったことを自覚しているので、棘のある言葉しか出てこない。 対する閻魔は心底嬉しそうな顔をして、例えるならそれは何かに許されたような、そういう笑みを浮かべながら言った。 「じゃあ今俺と同じ体温なんだ」 子供のようにそう質問した閻魔に、鬼男はぶっきらぼうに返した。 「そうなんじゃないんですか」 閻魔は歌うように言った。 「俺は幸福だ」 彼の歌声は、深くて広くて染み渡るようである。 ということを、鬼男は今ふと思い出した。 「幸福だね、鬼男君」 |