伽羅に恋をする


「そんなとこに突っ立ってないで、こっちおいで」
閻魔に手招きされ、鬼男は遠慮がちに近付いて行った。
寝台に腰かけている閻魔の隣に座り、視線を泳がせている。
「どうしたの」
尋ねながら閻魔は鬼男の髪を撫でた。鬼男は心地よさそうに目を細めている。
閻魔は小さく笑った。
「猫みたい」
今度は手のひらで頬を包んだ。鬼男がとうとう目を閉じたので、閻魔は面白そうにふふっと笑い、鬼男の頭と肩を抱えて抱き寄せた。
鬼男は閻魔の胸に鼻をうずめ、目を閉じる。鼻孔いっぱいに広がる伽羅の香りと微量の体臭。体中が安堵し、もうずっとこのままでいいという気持ちで満たされる。
たまらなくなって、両腕を閻魔の背中に回しきつく抱きしめた。
閻魔が苦笑する。
「鬼男君、苦しい」
それでも鬼男は拘束を緩めない。閻魔はもう一度、つむじから流れに沿って丁寧に金の髪を撫でた。
「顔上げてほしいな」
穏やかな声で求めると、鬼男はゆっくりと顔を閻魔の口元に寄せてきた。
「いい子」
そう囁き、大切そうにそっと唇を重ねた。
「唇柔らかい」
満足げに微笑し、角度を変えて何度か口づける。ぬるりと舌が侵入してきて、鬼男は少しだけ驚き、くぐもった声を上げた。
少しずつ激しさを増す口づけを受けながら、鬼男の背は真っ白なシーツの中に沈んだ。


空の彼方がうっすらと明るくなり始めたころ、鬼男は閻魔の私室を後にし、静まりかえっている廊下を歩いていた。
(あ、)
ふと、自身から伽羅の香りがほんのりとすることに気づいた。
歩くたびにふわふわと立ち上るその香りに陶然とひたる。その中に隠れた彼の匂いを見つけ、胸の中がじわりと熱くなった。
知らず口元に笑みが浮かび、軽くなった足取りで廊下を進んでいく。
彼はその匂いに会いに行く。そしてその匂いが自身から消えるころ、また欲しくてたまらなくなって一人胸を切なくさせるのである。





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