あなたとランチを


夏などとうに終わったというのに、台所にはナス、パプリカ、トマトが並んでいた。
夏野菜カレーが今すぐ食べたいのだと、彼は言う。
てっきり作らされるのかと思いきや、彼は僕をちゃぶ台のところに座らせた。
エプロンまでつけてやる気十分な彼は、腰に手を当てて得意気である。ジャージにエプロンは保父を彷彿とさせて、僕は少し笑った。

「倭国一の辛さを追求するぞ。恐れおののけ、妹子め」

彼はにやりと笑って、並べ立てた珍しい香辛料の小瓶を順番に触っていった。一体どこからくすねてきたのか。
僕は返事をする代わりに滲むような笑みを浮かべて見せた。
僕は全く問題ない。辛党なのだ。
さて、困るのは誰だ。そう思うと、笑わずにはいられない。

頬杖をついて、彼の後姿を見つめる。
すとん、すとんという包丁の音。野菜の弾ける音。思ったより危なっかしくない音だったので安心した。
とりあえず、食べられるものになるといいな。
僕はぼんやりと思い、真昼の柔らかい日差しを頬に浴びていた。日光で暖められたちゃぶ台が気持ちいい。

存外に上手い彼の鼻歌を聴いていると、だんだんと香ばしい、食欲をそそる匂いがしてきた。
「出来たぞ妹子、ざまあみろ」
彼は勝ち誇ったような笑顔で、鍋を持って振り返った。たくさんのスパイスの香りが鼻孔を満たす。
「いいから、早くご飯よそって乗っけてください」と言うつもりだったのに、目を細めて微笑んでしまった。
「美味しそうです」
彼は普段の眠そうな目を真ん丸にして、ちょっとどもりながら「まあな」と言った。そして僕に言われるまでもなく、慌ただしくご飯を白い皿によそって出来たてのカレーをかけた。
二人分のそれはちゃぶ台に置かれ、配られたスプーンを行儀よく両手で持って二人で一礼した。

「いただきます」

たまの休日、相変わらず立てつけの悪いこのいい加減な寺で、僕たちは一緒に昼食を取る。
この時、僕たちの体は同じ食べ物で作られている。
この時ばかりは彼と同じ生き物になれるような気がして、僕はとても嬉しい。

「美味しい」
僕が言うと、彼は満足げににかっと笑った。そして自分もひとすくいし、口に運ぶ。
数秒後に彼が冷蔵庫のミネラルウォーターを取りに走るのを想像し、僕はまた微笑むのだった。



※坂.本.真.綾「パプリカ」より




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