rendez-vous


「雨すっごいねぇ」

携帯電話越しの彼のくぐもった声を聞きながら、僕は窓の外を見た。
酷い横殴りの雨で、窓ガラスに雨粒が音を立ててぶつかってくる。空気も湿気を含んで重たい。
理不尽に体を濡らす雨に、道行く人は皆眉をひそめていた。
「明日にしようか」
電話の向こうで電車のアナウンスが聞こえる。僕は唇を噛んだ。
今日の授業は午前で終わる。彼の仕事も夕方前には片付くというので、一昨日あたりにうちに来ることを約束した。
午前の時点で雲が黒かったけれど、とっとと授業が終わってくれることばかり考えていた僕はあまり気にしなかった。
「明日の夜、空いてる?」
僕は少し沈黙した後、掠れた声で返した。
「はい、大丈夫です」
知らず、僕はうなだれていた。重いため息が音になって出てしまいそうで、慌てて息を吸い込む。
轟音が聞こえて、まもなく発車のメロディが鳴り響く。
心臓がどくどくとうるさい。

「ねえ」
不意に彼が言葉を発し、僕は露骨にどきりとした。
「何ですか」
少し震えた声で尋ねると、
「明日会うか、それとも今会うか」
と返ってきた。
僕ははっとして眼を見開いた。
「どっちがいい?」
今、彼が笑った気がした。
僕は一瞬声を失ったが、耳元で聞こえるけたたましい電子メロディに急きたてられるように、言ってしまったのだ。
「今すぐがいいです」
また彼が笑った気がした。
どうして「今すぐ」だなんて言ったんだろう。「今」でいいじゃないか。僕は羞恥で激しく後悔した。
恥ずかしくて悔しくて、僕は奥歯をきつく噛んでしまう。
「いいよ。待ってて」
ちょっと間を置いてから低く囁かれ、電話は切れた。
僕は脱力してその場にへたりこむ。
だから電話は嫌いなんだ。どうしたって耳のすぐ傍で声が聞こえてくる。
おかげで冷静さを欠いてしまう。
今も耳の奥がくすぐったくて熱くて、僕は耳を塞いだ。それでも雨の音はばたばたと耳を突く。


一時間後、水浸しの黒い折り畳み傘を持ったびしょ濡れのスーツ姿の彼が僕のマンションに現れた。
冷たい、と言いながら髪をかきあげて笑う彼を見て、僕はもう少しで泣いてしまいそうになり、手に持っていた白いタオルを握りしめた。


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