面倒くさいものども


「お願いです、お願いします、私を天国に行かせてください」

閻魔は叫ぶ女を見下ろしている。鬼男は横でそれを見守る。
「悔い改めますから、どうか、私を天国に、父のいる天国に行かせて」
女は涙をぼろぼろ流して額を床にこすりつけた。そして「お願いです」と繰り返す。
鬼男はその様子を固唾を飲んで見ていた。
閻魔が頬杖をつく。

「うるさいな」
「雨が降ってきたな」と言うのと同じ調子で、閻魔は言った。女ははっとして顔を上げる。
「行き先は地獄だ。一度で理解しろ」
女は目に再び涙をぶわっと浮かばせ、狂ったように首を横に振る。
「お願いです、自分の罪は悔いていますから、悔い改めますから」
女は床を這うようにして閻魔に近づき、その着物の裾に縋ろうとした。
すかさず鬼男が前に躍り出、その白く細い手に鋭く伸ばされた爪が深々と刺さる。女は絶叫した。
鬼男の眉が苦悩で歪む。
閻魔は淡々と答えた。
「悔い改める場所が地獄だろうが」
その目は炎のごとく赤く燃え盛っているのに、何故こんなにも冷徹なのか。
鬼男は閻魔の低い声を聞きおののいた。

結局女は泣き叫びながら鬼達に連行され、地獄へ落ちて行った。
静かになると、閻魔は鬼男の方を見もせずに言った。
「ありがとね」
鬼男は俯いて答える。
「当然のことをしたまでです」
「俺がやったってよかったのに」
同じことでしょう、と閻魔は鬼男に尋ねた。鬼男は首を横に振る。
「そのために僕がいるのです」
「そんな顔してるくせによく言う」
鬼男は自身の情けなく項垂れた頭を恥じた。そして一度もこちらを見ていないはずの閻魔をこっそりと睨む。
「ごめんねって言えばよかったのかね」
閻魔は不意にそう問いかけた。鬼男は唇を噛む。
「でも、別に悪いことしてないよね、俺」
心底不思議そうにそんなことを言う。
「嫌になるよ。地獄行きの奴らみんな文句言うんだもの。いちいち対応するの疲れるったら」
あーあ、と閻魔は愚痴る。

「みんな天国行きだったらいいのにね」

椅子の背もたれによりかかり、閻魔はため息とともに吐き出す。
鬼男はその場に立ち尽くす。



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