日和昔話〜桃太郎〜


昔々あるところに、無駄に元気なカレー大好き犬大好きのおばあさんと、それに付き添う苦労人のおじいさんの夫婦がありました。
ある日のこと。いつものように、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に向かいました。
赤と青のジャージしかない洗濯籠を抱えながら、おばあさんは洗濯を始めます。

「妹子とツナを、せーんたくTonight♪……うーん、微妙だな」

奇妙な歌を歌いながらおばあさんは上機嫌で籠の中の洗濯物を片付けていきます。
と、そのとき。おばあさんは川上から何か大きなものが流れてくるのに気がつきました。おばあさんはジャージを擦る手を止めました。
「なぁーんだありゃ。……ん、あれは、まさか……」
どんどん近づいてきたそれはピンク色で、ハート型を逆さにしたような、あの、

「…………ショッキングピンクのお尻石」

誰かツッコんであげてください。
ジャージを放り出してお尻石を担ぎ上げ、無駄にハイテンションな状態でおばあさんは自宅に戻りました。ステップがやけに軽快です。
「妹子妹子、見て見て見てコレ、お尻石お尻石」
「どっからどう見ても巨大な桃にしか見えないんですが」
「ええぇ?!」
とっくに仕事を終えてお茶を飲んで和んでいたおじいさんは、行きは持っていたはずの洗濯籠を持たず、かわりに非常識な大きさの桃を 担いでびしょ濡れになって帰ってきたおばあさんを不憫な目で見ました。
「松尾バションボリ。これが噂のお尻石だと思ったのに」
「ナチュラルに他人のネタパクッちゃ駄目ですよ太子」
割と本気でショックを受けているおばあさんをさらに憐れみの目で見つめ、ため息をついておじいさんはおばあさんを慰めました。
「ええと、確かこの桃をぶった切ればストーリーが進むはずですよ」
「おお、そうだったな」
この二人、演じているという気がまるでありません。進行しているこっちの身にもなってほしいものです。 おばあさんはすう、と息を吸い込んで構えました。

「フライング摂政ポセ」
「ぶった切れと言っただろうがこのアホ伝説が!!包丁すら持ってねぇじゃねーか舐めてんのかおんどりゃぁぁぁぁ!!」
「なまにゃっ!」

後頭部を力いっぱい蹴り飛ばされ、おばあさんは奇声を上げて畳に倒れました。大変立腹したおじいさんは包丁を持ち出して大きく振りかぶりました。
「アンタがやらないなら僕が!」
「ちょっと待ってー」
おじいさんはビシリと音を立てて固まりました。桃の中からくぐもった声が聞こえてくるのです。目を見開いて桃を凝視していると再び声が聞こえてきます。
「そこにね、点線あるでしょ。それに沿って切ってくださーい」
声の言うように、桃には薄く点線が書かれていました。真ん中の種の部分をよけるように大きくカーブを描いています。 混乱しながらもおじいさんは慎重に線に沿って桃を切りました。すると切り口からパカンと割れて、中から人が出てきました。

「おまたセニョリータ」
「なんか言ってる!!」
出てきたのは赤ん坊……ではなくばっちり成人した黒髪の男でした。いきなり奇妙な日本語使われておじいさんは思わず力強くツッコみます。
「寒い、着物持ってきてくんない?」
「全裸ァーーーー!!」
男はべくしょい、と大きくくしゃみをして鼻水をたらしています。まさかの全裸に動揺しすぎてそろそろおじいさんが壊れそうです。 背後でおばあさんがのそりと体を起こしました。気絶から復活したようです。
「ヘイ、レインボーなジャージならあるぞ」
「着物がいい」
突然たった一人で生まれてきて不安いっぱいであろうと思い、親切心たっぷりに提案したのに一蹴されてしまいました。 せっかく復活したのにいきなりへこまされています。おばあさんは部屋の隅で体育座りを始めてしまいました。
「えーとおばあさん、アンタ無駄に手先器用でしたよね。着物仕立ててやったらきっとこの人喜びますよ」
おじいさんのフォローを聞いて、おばあさんは少しだけ顔を上げました。ちらりとこちらを見てきます。
「それ私にしか出来ない?」
「出来ませんよ」
「妹子には無理?」
「無理ですよ」
「逆立ちしてもブリッジしても無理?」
「早くやれ」
後頭部をスパンと叩かれおばあさんは再び畳に沈みました。



数時間後、おばあさんはどうにか作った着物を黒髪の男に渡しました。結構気に入っているようです。
「よかったー生まれていきなり風邪引いたらつまんないからさー」
「ふはは摂政の神業なめるな!感謝しろ崇め奉れ!」
「ところで、あなたお名前は?」
おじいさんがもっともな質問をすると横からおばあさんが「ハイ」と手を上げて発言しました。
「ももたぬ」
「桃太郎ですよね?」
おばあさんの口をガッと掴んでおじいさんは黒髪の男に確認しました。男は冷や汗をたらしながら頷きました。
「えーと、俺鬼退治行きたいんだけど」
「もう?!まだ生後数時間だよ?!そりゃもう現時点で十分育ってるけど」
「鬼が俺を待ってるんだよ。とりあえず出たかっただけであとはこっちでどうにかするよ」
「読者の期待裏切りすぎですよアンタ。まぁ実際鬼の被害はこの村にもあるし、行ってくれるならそりゃ助かりますけど…… ちょっと待ってください、今からきび団子作るんで。太子が」
「なんだよーぅそうやって面倒ごとは全部私に押し付けやがってこのなまけ芋」
「洗濯もろくに出来ないくせに何言ってんですか。こういうときじゃないと役に立てないでしょ」
「い、言ったなこのやろ。妹子のばーかサツマイモさといも石焼いも」
「あ、いいよいいよ団子いらない」
エンドレスになりそうな二人の会話をぶった切って桃太郎は言いました。おじいさんがきょとんとして返します。

「え、でもこれがないと動物を下僕に出来ないんじゃ……」
「下僕いらない」
「いらないの?!」
びっくりしてすっとんきょうな声を上げると、どこから出したのか、桃太郎は大きなトランクを取り出して中から何故かタモを出しました。 どう考えても収まるサイズではないのですが目をそむけることにしましょう。
「桃太郎七つ道具、スーパータモ!」
「桃太郎に七つ道具なんてありましたっけ?!」
「まあね!」
何かテンション上がっています。少年みたいに目がきらきら光りだしました。おじいさん、若干引き気味です。
「そのタモをどうするんだ」
再び復活したおばあさんが横から顔を出します。桃太郎はフフフと笑って外へ出ました。タモを空へ放ると、なんと空中に浮かびました。 仰天している老夫婦を尻目に、桃太郎はタモにスケートボードに乗るかのように飛び乗りました。
「スーパータモで、ひとっ飛びーーーーぃ」
高らかに叫ぶと、ずびゅん、と鬼ヶ島の方へ飛んでいってしまいました。
「無っ茶苦茶だなあの人……」
おじいさんは呆気にとられてそれを呆然と見ていましたが、おばあさんは手をぶんぶん振ってそれを見送っていました。




あっという間に目的地に着いた桃太郎は、身一つで鬼の待つ城の中へのしのし入っていきました。
と、いきなり警報機がけたたましく鳴り響きました。セキュリティ万全です。
緊急事態だというのに、侵入者である桃太郎は不敵に笑いながら腕を組んでその場で仁王立ちをしています。何を考えているのでしょうかこの男。
ばたばたという足音と共に、一人の鬼が奥から出てきました。

「もー困るなぁ、今僕一人なのに……」
「おうちの人お留守?」
「あ、はい。皆今出払ってて……って何普通に会話してんだこの不法侵入者め」
あまりにナチュラルに話しかけられたので思わず合わせて受け答えをしてしまったようです。桃太郎はにんまり笑って言いました。
「皆さん何時頃お帰りかな?」
「え?いやまだ当分は……いや、だから普通に喋るなって。アンタ一体何者だよ。何しにここに来た」
自己紹介を求められた桃太郎は、懐に手を突っ込みながら言います。
「俺?俺はねぇ、悪いお兄さんの桃太郎。訪問目的は……」
出てきた手の指の間には、ぐちゃぐちゃと訳のわからない言語の書かれた紙が挟まっていました。
「鬼イジメでーす」
「それはっ……鬼封じの呪符!!」

見覚えがあるその札は、鬼ならば誰でも恐れる鬼封じの呪符。貼り付けられたら最後、体の自由を完全に奪われてしまう恐ろしいアイテムです。 鬼は思わず冷や汗をたらして後ずさりました。
「どうしてそんなものを……お前只者じゃないな?!」
「だーから言ったじゃん悪いお兄さんだって」
振りかぶってひゅん、と札を飛ばすと、鬼が逃げようとする間もなく鬼の胸の辺りにぱしんと張り付きました。 一瞬にして体中の力が抜けた鬼は、青ざめながらその場に崩れ落ちました。
「ちょ、よせやめろ!わかった、宝ならいくらでも出すから!持ってけドロボー!」
「宝が欲しいなんて誰が言った。俺はこのために生まれてきたのさ」
「このため……?!」
桃太郎の口が蛇のようにニィ、と裂けました。

「亀甲縛りに逆海老吊り、胡坐縛りに後ろ手観音、もちろん最後は逆さ吊り〜」

何やら恐ろしい歌を歌っています。どこから出したのか、手には麻縄の束が。たまらず鬼が叫びます。
「ぬぁぁぁぁ鬼の僕が人間に縛られて拷問されるなんて!!プ、プライドがズタズタだ……」
いつもは自分の仕事なので、そっくりそのままやりかえされることほど屈辱的なことはありません。この鬼、可愛い顔してやることはエグいようです。
「拷問?馬鹿言わないで欲しいな。痛みなんて感じさせないよ。縄師舐めんなよ?」
「縄師?」
「あー、ある意味拷問かもね」
「……へ?」
鬼が問うと、桃太郎は両手に縄を持ってピンと張り、悪魔も裸足で逃げ出すような暗黒の微笑を浮かべながら見下ろしました。

「快楽の拷問、てやつぅ?」

フフフフフ、と身も凍るような笑い声を上げている桃太郎を、鬼は呆然と見上げました。
やべ、これ実は結構大ピンチなんじゃね?色んな意味で。
鬼は今更そんなことを思ったのでした。





翌日。しばらく戻ってこないと思われた桃太郎があっさりと帰宅してきたので、おじいさんとおばあさんはビックリ仰天。しかも横に見知らぬ男、というか 鬼がいます。やたらぐったりしているのが気になりますが。
「もっ、桃太郎、それは一体……」
おじいさんが恐る恐る尋ねると桃太郎はけろりとして答えました。
「鬼だよ」
「いやそれはわかるけど、え、何で?」
「手懐けてきた」
「鬼を?!」
「力あるし、こっちで役に立つかなーと思って」
「え、え?」
おじいさん、大分パニクっています。そりゃそうです、村の皆が恐れていたはずの鬼の一人が普通に家にいるのですから。
「あ、村の損害の賠償金は後から郵送で来るって」
「え、あ、そうそりゃよかった……いやいや、そうじゃなくて、ど、どうやって手懐けたんですか?」
「まああの手この手使って。これがほんとのお持ち帰り」
「死っね!!」
ずっと黙っていた鬼がもう我慢できないとばかりに爪を伸ばして桃太郎の頭蓋骨を貫きました。


こうして村には平和が訪れ、村の住人となった鬼はあまり役に立たないおばあさんに代わって精力的に家事をこなし、桃太郎は鬼にちょっかいを出し、 刺され、おじいさんの気苦労が増えましたが、まあ概ね皆幸せに暮らしましたとさ。


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