猫二匹


サークルから帰ってくると、彼はクッションを枕にしてフローリングの上に仰向けに転がっていた。
よくまあそんな固いところで寝られるものだと感心すらしていると、その向こうから飼っている猫のミィが顔を出した。
ミィミィ鳴くからミィ。勝手に名付けたのは彼だ。徹底的にネーミングセンスのない男である。
Tシャツにスウェット姿でぐうぐう寝ている彼を見て僕はため息をついた。
へらへらしているものの何だかんだ忙しく働いている彼は、休日になるとこれでもかとよく眠る。
疲れているなら自宅で寝ていればいいものを、わざわざ前日の夜に僕の家に転がり込んで、まあ好き勝手やって、そのまま夕方まで寝こけているというのがいつものパターンだ。
せっかくの休みなのに一人で寝るのは寂しい
以前彼はそう言ったが、肯定も否定も出来ずにその言葉を聞いていた。

「ミィ、こっちおいで」
僕が手を差し出すと、ミィは彼の腹を踏み越えてこちらに来た。ミィは軽いので彼は顔色一つ変えない。
ミィを抱き上げて喉をちょっと撫でてやりながら、だれている彼を見下ろす。
気持ち良さそうに目を閉じている。無防備に散らかる手。起きる気配はない。
彼の顔の前に膝をつき、ちょっと考えた後、恐る恐るミィを彼の瞼の上に腹ばいにさせた。

「アイマスク」

しんとした部屋に、僕の声だけが響き渡る。
そして数秒後、我慢できずに吹き出してしまった。何だか知らないが可笑しくて、僕はうずくまりながらしばらく笑っていた。
ミィは黒猫なので余計にアイマスクに見えてしまい、僕の笑いはなかなか治まらなかった。
目の前で笑われているのにもかかわらず、彼は一向に起きない。
調子づいた僕はミィ遊びを続行することにした。
胸の上に乗っけて苦しませてみたり、耳の中にミィのしっぽを突っ込んでみたりと、いたずらの限りを尽くした。そしてその度に一人でくすくすと笑った。ちなみにしっぽを突っ込んだ時はミィに怒られてひっかかれそうになった。
しかしこれだけ弄くり倒しても、彼は起きなかった。
僕は何だか悔しくて、腕組みをする。
「重みが足りないのか」
呟いて、その場に寝転び彼の左胸に両腕と顎を乗せてみる。さすがに少し顔をしかめたが、すぐに薄れて安定した寝息を立て始めた。あまりの鈍感さに呆れてしまう。
そんなに疲れているのだろうか。
僕は耳を胸に押し付けて彼の心臓の音を聞いた。
控えめだけれど、ノックのような鈍い音が規則正しく聞こえてくる。速度は穏やか。
僕は何故だかほっとする。
午後の日差しで温められたフローリングは、存外心地よかった。これなら多少固くても眠たくなるかもしれない。
そう考えているうちに、僕の瞼も重くなってきた。
ああこんなところで寝ちゃいけないのに。きっと起きたら体が痛いはずだ。今だって決して楽な体勢じゃないのに。
それでも僕は起きる気になれなかった。
反対側でミィという鳴き声がして、小さな体が乗っかってきたことをぼんやりと感じた。


夕方、彼に起こされて僕とミィは目を覚ました。
「起きたら大きい猫と小さい猫が胸の上で寝ててびっくりした」
彼はまだちょっと寝ぼけた声で僕をからかうのだった。
僕の眠気が吹き飛び、頭を抱えて羞恥に苦しんだのは言うまでもない。




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