目覚めと眠り


起きぬけの働かない頭で一番最初に気づいたのは、僕のものではない寝息の存在だった。
じりじりと顔を上げると、その瞼は閉じられていて、規則正しい静かな呼吸の音が聞こえていた。
信じられない。
いつも僕より早く起きていて、下手すると僕が起きるまでずっと寝顔を眺めているという悪趣味なこの男が、無防備にすやすや寝ているのである。俄かに信じがたい状況だった。
「大王」
蚊の泣くような声で呼んでみても、返事はない。
恐る恐る人差し指を伸ばし、頬を軽くつついてみる。やはり反応はない。
信じられない。
僕は窓から差し込む朝日に助けられることもなく、一気に目が覚めてしまった。
もう一度まじまじと顔を見つめる。
どうだ、この間抜け面。だらしなく口が開き、目元もどこかしまりがない。髪も、この分だときっと面白い方向に跳ねているだろう。僕は堪えきれずに少し笑い声をあげてしまった。
そしてふと思う。
ああこの人もちゃんと睡眠するのだ、と。
人間や僕たちと同じように。
僕はそういうところを見つけては、こうやって安堵してしまうのである。
そんなことしたって仕方がないとわかっているけれど、無意識のうちに自分と彼が近い部分、同じである部分を探してしまう。
こんなに近くにいるのに一向に距離が埋まらない気がして、けれどそれにやきもきしているのはきっと僕だけなのだ。そう思うと、少し悔しい。
こんなに近くにいる。
自分でそう表現してから、僕ははっと我に返った。
そうだ、これはちょっとよくない。よく考えたら近い近い近い。
僕の頭、いや額のすぐ上に彼の顎が、口が、鼻がある。
今更何を言っているんだと自分でも思ったが、何故だか途端に恥ずかしくなり、僕は慌てて下を向き、彼の胸に鼻をうずめて視界を塞いだ。
そしたら今度は鼻孔が彼の肌の匂いで満たされる。思わず息を飲んでしまった。
すると彼の呼吸の音だけが聞こえるようになり、さっきよりもはっきり耳の中に流れ込んでくる。
こうなると僕はもう、駄目だ。

寝直そう。そうすれば解決だ。
僕は目を閉じて必死に睡魔を呼んだが、困ったことにちっとも眠気に襲われない。まつ毛がむずむずする。
心臓がけたたましく鳴っているような気がする。体が強張る。
ああ、僕が眠れないのなら、もういい加減起きてくれ。
この状況は、何だか知らんが心臓に悪いぞ!
胸の中でそう叫んだが、今日に限って彼はなかなか起きなかった。
体は絶対に疲れているし、大して寝てもいない(寝かせてもらえなかった)のに、僕は全く眠れなかった。
寝不足になったら絶対こいつのせいだ、ちくしょう。
悪態をつきながら彼の目覚めと僕の眠りを同時に願うという、奇妙な朝を過ごした。




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