日和童話〜人魚姫〜


昔々とある海の底に、人魚の楽園がありました。
一般的に有名なのは女の人魚ですが、もちろん男の人魚もいるわけで。
その海には人魚の中ではとりわけ珍しい、褐色の肌を持った金の髪に赤い瞳の、鬼男と呼ばれる人魚がおりました。

ある夜、海の上が何だか騒がしいので、鬼男は不審に思って皆が寝静まっている中、一人海上へと出かけていきました。
海の底だと気づきませんでしたが、海上は大嵐に見舞われていました。
その上をかつては豪華な客船だったであろう大きな船が、今では見る影もなくぼろぼろになって、荒れ狂う海の上でおもちゃのようにくるくると踊らされています。
「うわ……ひどいな」
気の毒そうにそう零した鬼男でしたが、当然のことながら一介の人魚一人にどうこうできることではありません。

しかし、視線を船から海面へずらすと、何かがこちらに流れてくるのが見えました。
なんだろうと目を凝らすと、人です。気を失った人間がこちらにゆっくりと流されてきます。だんだんと近づいてきて細部が見えるようになり、鬼男は眉を寄せました。

「オッサンだ、オッサンが流れてくる……」

残念ながら若くてハンサムな男ではなさそうです。まあ鬼男自身男色など全く好まないのでなんら問題はないのですが。
とにかく、オッサンです。細っこくてちまいオッサンがものすごく似合っていない王子のような上等な絹の洋服を身に着けて流れてきます。白目までむいています。鬼男は軽く恐ろしさすら覚えました。
シカトを決め込もうか逡巡していると、オッサンの体が海中へと沈みました。ぼけっとその様子を見ているうちにオッサンの体はどんどん水底へと沈んでいこうとしています。

仕方がない。
なんだかんだと人を見捨てられないたちである鬼男は水中へもぐり、自慢の足ひれでどんどんオッサンとの距離を縮めていきました。
あっという間に追いついてオッサンの腕を引っつかみ、ぐいぐい海上を目指します。そのまま一番近くの浜辺へとまっしぐら。
オッサンを浜辺へ連れて行く間、気を失っているはずのオッサンが一度だけうわ言を零しました。

「うう……ハンサオ……」
「ハンサオ?!」

なんだそれ、と問う間もなく、オッサンは再びがっくりと首を落としてしまいました。

ようやく岸にたどり着くと、鬼男はオッサンを浜辺に寝かせて手早く心臓マッサージを施し水を吐き出させました。人工呼吸という選択肢は端からありません。

「うう……ごめんよマーフィー君。私が泳ぎ下手男だったばっかりに……」
「さっきから何なんだこの人」

なにやら変な人間を拾ってしまった、と鬼男がため息をついていると、岩陰から突然人が現れました。あまりに突然だったために逃げる暇もなく、鬼男は呆然としてそこから動けませんでした。
人魚は基本的に海の外のものに存在を知られてはならないのです。
突然現れたその人は、上等なドレスを着た、女の人にしてはやたらと背の高い、というか男でした。

「ひぃ……」
「会っていきなり『ひぃ』とは失礼だね人魚君」

ドン引いている鬼男を腕組みしながら眺めているその男は、倒れているオッサンを不自然なほどシカトしていました。

「俺は隣の国の姫の閻魔。君可愛いね、どこの人魚?」
「え、どこって、……なんでそんな渋谷のナンパみたいにフランクなのこの人」
「変身コンパクトで人間にしてあげるからうちにおいで」
「えええええちょっと待て、アンタこのオッサン引き取りに来たんじゃないの?!」
「そうなの?」
「そうなの!!」

まるで話が噛み合わない上に恐ろしい急展開に鬼男は動揺を隠せません。
隣の国の姫様が偶然岸に倒れている王子を発見して介抱し、助けた本人である人魚が「クソが、何であの女が命の恩人になってんだ。たまたま見つけただけじゃねぇか泥棒猫め、ぬっ殺すぞ」とさめざめと泣く、切ない想いがつのっていくシーンが完全にカットされています。
いきなり登場した隣の国の姫が人魚をナンパするなど聞いたことがありません。
大体どうしてただの人である隣の国の姫が変身コンパクトなどという胡散臭い魔法グッズを扱えるのでしょう。
この後に登場するであろう深海の魔女の立場がありません。

「えーいいじゃーんうち来なよーセーラー服着ようよー」
「ちょっと待てなんか追加されてません?!セーラーとか今初めて聞いたんだけど」
「やかましい、人魚は貝殻のブラをつけているという俺の淡い夢を粉々にした罪は重いんだぞコラ」
「だから、さっきからいろいろ話飛び過ぎ!大体僕どう見ても男でしょ?!ブラいらないでしょ?!」
「おっぱいミサイルが見たかったのに」
「人の話聞けよこの変態がぁぁぁぁ」

完全なるミスキャストに鬼男はとうとう頭を抱え始めました。

「ええい、あんまりごねると今この場でコンパクト発動するよ。そうすると君全裸だよ、いいの?」
「いいわけねぇだろ!!」
「じゃあ大人しくおいで。おんぶしてあげるから」
「あのお願いしますほんと勘弁してください」
今すぐ回れ右しておうちへ帰ればいいのに、そうしないこの人魚が一番アホなのかもしれません。

ちなみにさっきからガン無視をされている王子の芭蕉は、息を吹き返したものの衰弱しているため出来るだけ早く病院なり何なりに運び込むべきなのですが、ほっとかれました。


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