patchwork 真っ黒い真夜中だった。 ちっともお腹が空いていないのに、私は何故か無性に甘いものが食べたくて(それも胸やけがするようなたちの悪い)、たっぷりのクリームが乗ったチョコレートケーキを切った。 虫歯になるから太るから。色んな理由で夜中のケーキは疎まれる。私はとても悪いことをしている気分になりながらも、大きく開けた口の中にそれを丁寧に押し込むのだ。 濃くてかえって苦みすら感じるくっきりとしたカカオの味と、倒れそうに甘いぷわぷわしたクリームが私の頭を蕩かす。 そのたった一口で私は後悔し、そして思い出すのである。 私は、実は甘いものなど好きではないということを。 その事実に満足してしまうと、私はさっさとそのケーキ(ちなみにカットされたやつでなく、まん丸いやつだ)をゴミ箱へ投げ捨て、鉄みたいな味のコーヒーを淹れて飲む。 飲み終わってため息を一つつくと、私はベッドへ戻って丸くなるのだ。 夢を見ている。 ぼやけた視界の中で彼は静かな低い声でこう言っている。 「恋というのは恐ろしい病だ」 彼は私の目ではなく唇を見ている。おかげで自然と伏し目がちになるので、私は何とも複雑な気持ちになる。 「あなたがそんなものにかかっているおかげで、僕なんかを視界に入れ、愛しそうに触って、あろうことか僕に触らせている」 私の輪郭に沿って掌を滑らせながら、彼は悲しいんだか切ないんだかよくわからない顔をしていた。 「あなたがこの病にかかる前は、僕がこんな風に触れることは許されていなかった」 彼は手を下ろし、私の胸に頭を預けながら切なくため息をついた。 「怖いな」 私は困惑するというか、ただひたすらに疑問を抱いている。 「あなたが治ってしまったらどうしよう」 彼がどうしてそんなに怖がっているのかがわからなかった。 私が治る? 私はもともと欠陥品だし、神の作りたもうた失敗作であるし、ある意味ではそれで完成形なのである。 けれど夢の中の私は無口と言うか、口が聞けないので、その言葉を彼にかけて安心させてやることが出来ずにいる。 目を覚ました私はほとんど強迫観念にかられるように部屋を抜け出し、彼の部屋に乗り込んだ。 その間、一つも音を立てなかった。私の数少ない特技で、物音を立てずに走ることができる。 私は扉を乱暴に開け(この時も音は立たない)、彼のベッドに飛び込むように膝をつく。そして掛け布団を思いきり剥がす。 彼は酷く驚いた風に目を見開いて私を見上げていた。 私は彼を抱きしめたくて仕方がなかった。すっとした匂いと骨の感触を味わいたかったのに、それが出来なかった。 泣きそうな情けない顔で彼を跨いで見下ろすしか出来なかった。 彼はしばらくびっくりして私を眺めていたけれど、次第に眠そうに瞼を下げ、腕を伸ばして私を抱きこんだ。私は磁石のようにその胸へ吸いつく。 その時、私は安堵の濁流に飲み込まれる。 そして血液という血液が愛しさで染まる。 ああ君よ何を恐れることがあろうか 私は君に求められなければ何一つ出来やしないというのに |