See Saw


「大王」
体中から死臭を出しながら、秘書が別室から這い出てきた。目を丸くしてしまったが、とりあえず問う。
「どうしたの」
「徹夜三日目です」
「……最近立て篭もってたと思ったら」
「ちょっとためちゃって」
すまなさそうに目をそらして項垂れる彼はどことなく可愛らしかった。安心させるように軽い笑みを浮かべる。
「珍しいこともあったもんだね。もう終わってるから上がっていいよ、お風呂入ってゆっくり寝なさい」
「終わってるって、あなたもですか」
「うん。だから俺もそろそろ上がるけど」
「そうですか、じゃあ問題ないか」
途端に表情が変わって目を細めた彼を疑問に思い、「何が」と尋ねてみる。
「これだけフルに働くと逆にすっごくハイになっちゃって、かえって眠くないんですよ、今」
「いや、寝た方がいいと思うよ」
「フラストレーションやばいんですよ、だから」
「だ、だからってストレス解消に切り刻むのはやめてね」

「ヤらせろ」

「イヤー刺さないでーッ!……え?」
こちらもちょっと深夜のテンションなのだろうか。ふざけて悲鳴など上げてみたのに、返ってきたのは全く予想外の台詞だった。ぽかんとしている俺をよそに、彼は淡々と告げる。
「ああ、鍵は閉めました、さっき」
「ちょっと待ちなさい。え、ここで?」
「るせーな、四の五の言わずに銜えろ」
何やらとんでもないことを口走っているが、本人はいたって真面目なようだ。一瞬にして敬語が吹っ飛んでいったし、目つきもだんだんおかしなことになってきた。思いついた原因をとりあえず言ってみる。
「鬼男君もしかして酔ってる?いや仕事中に飲む子じゃないしな」
独り言のようにぶつぶつ言っていると、痺れを切らした彼が投げ捨てるように言った。
「術でも媚薬でも何でも使えよ、頭カラにしてぇんだ」
「口悪っ、君いつからそんな淫乱に」
「添え膳食わぬは何とかって言うだろが。いいから早く抱け」
俺は頭を抱えそうになった。彼は疲労が頂点に達すると、酔いつぶれたように前後不覚になってごく稀にこうしてぶっ壊れる。稀なものだから、俺も大した対処法を編み出していない。それにしたってちょっと度が過ぎているけれど。
俺はため息をついた。言いだしっぺは彼だ。責任は取ってもらおう。
「後で文句言うの無しだからね……知らないよ俺」


下手に突っ返すのも可哀想なので、とりあえず少し付き合ってみることにした。
普段から生真面目で規律を愛し、最低限の礼儀は必ず守りぬく彼が、あろうことか俺の机の上によじ登って縁に座ってきた。
据わりきった彼の眼を見つめながら、俺はちょっと呆れて短くため息をついてしまう。
「君さぁ」
「ガタガタ言うんじゃねぇよ。いつも自分からやってんだろが」
彼は、俺がこんなことを目下の者に言われても気を悪くしないことを知っているから、口汚くそう言う。疲れている割には手際がよく、さっさと前を寛げた。

確かに苦しそうに張っているそれを、俺は気の毒げに眺める。そして先に指で触れるとかそういう手順の一切をすっ飛ばし、いきなり口に含んだ。
彼の唇がきゅっと締まる。唇でそれを挟み込み、前後に揺するようにしてやると、早いもので、もう先走りが口の中に垂れた。
一旦それから口を離し、机の上に偉そうに座る彼を見上げてみた。深く刻まれた眉間の皺すら悩ましげである。
「術、使ってみる?」
「どうぞ」
湿った熱そうな息を零しながら短くそう返した。切羽詰まっているのが手に取るようにわかり、俺はこっそり笑いながら無言で術を捻り出す。甘いような苦いような香の匂いが部屋に立ち込める。それを鼻から吸い込んだ彼の頭がくらりと揺れた。
それを見届けると、俺は再度それを口にした。深くまで銜え込み、時折軽く歯を立てて刺激を煽る。
「ぐっ……」
彼の口から飛び出した声に、俺は思わず苦笑してしまう。
「喘ぎくらい俺を楽しませてよ。色気ないな」
文句を言ってやると、強がっているような不敵な笑みを返してきた。
「どうせこれからみっともない声しか出なくなるんだから、少し待ってろよ」
娼婦のように惜しげもなく足を開いて、ちょっと狂気じみた薄笑いをする彼は、身悶えしそうなほど扇情的だった。
じゃあそのみっともない声とやらを聞かせてもらおうと、先端に強く吸いついた。術で感度の上がっている体にはいちいち刺激が強いらしく、早くも彼の口は閉じることを忘れた。
舌先で形をなぞってやると、彼の腰が粟立ったのがわかった。根元を軽く揉みながら先を吸い上げると、彼の喉が反る。
あっさりと吐精し力が抜け、体を支えるために咄嗟に後ろ手をついた。その肘だって、大分安定が悪そうだ。しかし味が濃いこと。三日間溜めていただけはある。

「ほらちゃんと足開きなさい。やりにくいでしょう」

腿の付け根を撫でてやると、少しむっとした顔をしつつも言われた通りにした。先ほどの精で口の中は粘ついたままだが、構わずもう一度かぶりつく。今度は少し性急に追い立てようと、しゃぶり方を激しくしてみた。
俯いた口から吐き出された高温の吐息が俺のつむじに降りかかる。満足げに笑みを浮かべると、おもむろに手を伸ばし、睾丸をやんわりと掴んだ。仰天した彼の右足が跳ねる。
一点だけ攻めるなどぬるいことはしない。頭を空にしたいと言ったのは彼なのだから、ご希望に添えるようせいぜい頑張ることにする。まんべんなく揉みこみながらも、口を疎かになどしない。弱い場所には歯を立てて、先は舌でいやらしく。
声に焦りが見え始めたが、自分から言い出したからだろうか、いつもならとっくに出ているはずの「やだ」や「やめろ」の「や」を聞いていない。快楽に貪欲ですこと。

「犬みたい」

ふふ、と笑って罵ってやると、彼は苦しそうに笑った。
「何が」
「息荒い」
短く浅い呼吸を指摘すると、くくくと喉で笑われた。
「犬のモノをかっ食らう王様か」
俺もつられて笑いそうになったが、どうにか声は収めて愛撫を再開する。だってそうしてやれば熱のこもった声で鳴くじゃないか。快楽に服従する、まさに『犬』のような、彼。
我慢がきかなくなって背中が落ちてきているのをいいことに、俺は空いている方の指を後ろに突っ込んでやった。彼の支えの腕が今度こそ落ちる。口でするというのは便利だ。何せ両手が空いている。
三か所を同時に攻められて、さあいつまで正気が持つか。少しずつ指を進めていくと、面白いほど内腿が痙攣する。俺の爪は少し長いから当たると痛いだろうに、しかし彼はその痛みすら快感に変換できる。手の中で震える睾丸にまで爪を立ててやると、「痛い」とも言わずに艶めいた嬌声を上げた。口の中のそれは生き物のように脈打ち、どろどろとした熱いものはひっきりなしに俺の喉に流れ込む。
快楽に悶えて溺れて髪を振り乱しているその様子を録画して、正気に戻った彼に突きつけてやったら、どんな顔をするだろうか。俺は銜えながらにたりと笑う。

しかし。先ほど、いや最初からあった疑問がだんだんと俺の中で確信に変わりつつあった。
少し強引に指を奥まで捻じ込むと、衝撃に耐えきれず果て、彼の上体は完全に机の上に投げ出された。口の中のものをゆっくりと飲み下して手を引っ込めると、椅子から立って、力なく転がる彼を見下ろした。
「栄養剤か何か、飲んだ?」
「へぇ?」
ひっくり返った声で返事をされ思わず笑いそうになってしまったが、そんな事をしている場合でもないのでどうにか我慢。
「徹夜だったんでしょう?気つけのために何か飲んだんじゃない?」
こんなときになんでそんなことを、という顔をしているが、ぐったりしつつもどうにか口を動かした。
「飲んだ、けど」
「どこで手に入れたの」
「何で」
「いいから答えなさい」
叱られた子供のように露骨に顔をしかめながらも、ふんと鼻を鳴らして言い捨てた。

「知り合いが調合したやつ。ちょっと無茶したいときにどーぞって言われたから」

俺はこめかみに手をやり、唇についた精液の残りを舐めた。彼は「それが何だ」とばかりに訝しげにこちらを見ている。俺はため息をついた。
「その知り合いさんが意図的にやったのか分量間違えたのか知らないけど、もう飲まない方がいいよそれ。どう考えても興奮剤の量が多すぎる。でなければ君がそんなにはっちゃけるのはおかしい」
すると彼はからからと乾いた笑い声をあげた。
「僕が積極的なのがそんなにおかしいですか」
「鬼男君」
「僕は鬼です。だから腹ん中にたくさん薄汚い欲望隠し持ってるんですよ実は。くだらない期待しないでください」
「言うねぇ君」
呆れて肩をすくめると、横たわる彼の額に指を置いた。
「迂闊に変な薬もらっちゃうわ、仕事は溜めるわ、閻魔様を性欲処理に使おうとするわ、困った子だねほんとに」
罪状を読み上げられ、彼はにやりと笑う。だったらどうするよ、とばかりに。
「仕事溜めた責任のほとんどはアンタにあるぜ」
「はいはい、ちゃんと仕事しますよ」
「で?お仕置きでもするんですか」
「そうだねぇ、しようか」
そう言うと、俺は黒い革張りの椅子にどかりと座り直した。意表を突かれた彼がわずかに上体を起こす。わけがわからず眉を寄せていた。

「何してんだ」
「視姦」

目を剥いた彼がさらに上体を押し上げる。しかし大して力が入らないのか、そのバランスは危うい。俺は意地悪く口角をつり上げた。
「俺の術はどんどん効力を増していく。それこそ際限なく。さあ放っといたらどうなるかな」
「お、前ッ……!」
「普通の男なら我慢できなくて途中で襲っちゃうんだろうけど、残念でした、俺に性欲はありません。だから君が一人で狂ってくのを何時間でも見ていられる」
さすがに焦ったのか、彼の顔が青ざめていく。しかしタイミング悪く、いや俺がコントロールして効力を強めただけだが、彼の下腹部の中の熱がどくりと上がった。彼は強く目を閉じてそれに耐えた。俺はそこに無慈悲な微笑を投げかける。

「閻魔大王は無情で非情らしいからさ、君が涙やら唾液やら精液やらを垂れ流して、体中ビクビクいわせながら『早く入れて』って懇願しても、へらへらして却下するかもしれないよ」

ぱちんと指を鳴らすと、彼の背が跳ねた。
全身が震えだし、精を吐き出したばかりのそれが再び反り返り始めた。眼は見開かれ、肌には汗が滲み、湯気でも立ちそうだ。
「ま、我慢できなくなったら自分で慰めるといい」
罵倒したいのだろう、口がぱくぱく言っている。しかしそれは音にはならず、湿った短い吐息だけが発せられる。
「これから頭が回らなくなって、ついでに口も回らなくなって、ははは、全身みっともなくなっちゃうね」
気の強い彼の瞳に涙が滲む。彼のプライドのために言っておくけれど、彼は泣き虫ではない。涙腺が緩んでいるのは確実に薬と術のせいだ。
だからそんなに悔しそうに我慢しなくてもいいのに。欲深だと自分で言っておきながら、何かのせいにして自分が狂うのを正当化する、ということはできないらしい。

さあどう出るか、と待っていると、思うように動かない体を叱咤してどうにか起こし、机の上で弱々しく四つん這いになって、生まれたての小鹿のような足取りで椅子に座る俺に覆いかぶさってきた。剥き出しの彼の欲から滴る白濁が、俺の黒い着物に擦りつけられる。なんと汚らわしく、厭わしい様だろうか。そう思っているのに、そのあまりにセクシィな姿に、無い情欲が掻き立てられそうだった。
首に腕を回し、額を俺の額にくっつけてきた。何かしら支えが欲しいのだろう。それほど彼の体は欲にまみれていた。そしてゼロに近い距離でうっそりと微笑む。

「どうしたら触ってくれますか」

「焦らさないで」「意地悪しないで」「ふざけんな」「助けて」「お願い犯して」
色んな返事を想定していたのに、彼の回答は全く謙虚だった。そしてそれはこの上なく狡猾で、好ましかった。
どうしてなのだろう。女の低く湿った声が男の性欲を煽るように出来ているのはわかるが、ああ、彼の声が特別製なのだろうか。
低いのに、いやらしいのに、清涼感のある、口の中の器官全てを響かせて混ざり合いながら発せられる声。からりとした、夏の日のそれ。

「ずるい言い方」

困り顔で笑うと、勝ち誇ったような高慢な笑みが返ってくる。やめてってば。その顔もずるいよ。
「俺は基本的に君に甘いんだから、非道にはなりきれないってわかってるんでしょ」
「見え透いた嘘つくなよ。その気になりゃこのまま外に消えられるくせに」
「拗ねないで」
ようやく彼を抱きしめてやると、安心したように頭を肩に預けてきた。そして耳に軽く噛みついて息遣いと一緒に言葉を流し込むのだ。

「早く触ってください」


もう、結局君のペースだよ。
悪い友達からもらったその薬、永久に没収しなくちゃね。




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