えんましゃま


スパイシィな味、スウィートな味、香ばしかったり、そうだね、胡麻油のも好き。いいよね、あれ。でも残念ながら俺の日々にはそんな美味しそうな匂いや味はついてないんですよ。
悲しいほどつまんねえ生活なので、しょうがないから体に悪そうな香辛料やら何やらを片っ端からぶっかけてます。そうやって意味を与えてやんなきゃ駄目らしいよ。
おかげでいっそ清々しいほど真っ赤。元の色が何なんだか分らない。元から色なんて無かったりしてね!
そんなもんばっか食ってるので、舌が痺れちゃってもう使い物になってません。でもこの麻痺は案外心地良くて、気に入っちゃってるから始末に負えない。


澄ました顔して、素敵な声で、「地獄地獄天国天国」と来る日も来る日もお仕事お仕事。踏ん反り返って、笏で口元お上品に隠しちゃったりなんかして、そうしてるとかっこよく見えるらしいね、ふははアホらし。
でもこんな偉そうにしてるけどね、死者の逝き先なんてあらかじめ他の職員が審判してるんですよ。それを俺が読み上げて宣告してるだけ。そりゃあどっちか判断に迷った時は俺んとこ持ってくるけどさ。だって死者の数って毎日半端ないんだよ?そんなもん俺一人でいちいち判断してたら死んじゃうってば。
え?そんないい加減な体制だと、審判する職員が不正するんじゃないかって?
その辺舐めてもらっちゃ困りますね、一応俺閻魔大王なんですけど。審判間違ってたら一発でわかるんだよ。閻魔大王に備わっている特殊能力って言うんですかね。
なら全部自分で審判しろよって、はいはいもっともなご意見ですけどね、じゃあお前やってみろって!
まあ要はね、審判の宣告は閻魔大王様の声でなされなきゃならないって話よ。下界と一緒。偉い人にとりあえず言わせときゃいいやって原理。



嫌なもんも見たくないもんも全部見なくちゃいけないこの職業だけど、そんなにつまんないもんでもないんだよ。
何であたしがじごくなのぉ何でよぉ何でよぉぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ、そうやってきいきい言う奴の顔の面白いことといったら!傑作だね。笑っちゃいけないから我慢してるけど。
ごめんなさいごめんなしゃいどうか地獄は勘弁してくらしゃいって床にデコ擦りつけてびしゃびしゃ泣くおっさんとかもいるけど、そんだけ怖がるなら最初っからやるなよ頭悪ぃなってやっぱり思っちゃうし、呆れちゃうけど、そんな時でも俺は厳かな声で「地獄」と復唱します。そうするとガタイのいい鬼のにーちゃん達が連行してくれるんで。
「お前に裁く権利があるのか」とか喚き立てる輩もいますが、もう何でそういうくだらんこと言う頭はあるんでしょうね。こんな汚れ役、やりたい奴、もしくはやれる奴に押しつけとくのが勝ちってもんでしょ。だってどうせ誰かがやらなきゃなんないんだから。
そんで俺が何か言い返すの我慢して黙ってるのいいことに、反論のネタが尽きると狂ったみたいに「化け物化け物」と騒ぎ始める。わーかってるよそんなこと今更アンタに言われなくても。掲示板に出没する困ったチャンですか貴方は。お望みどおり化け物っぽい片鱗をこっそり見せてやると、縮み上がってあげく失禁。勘弁してよ、掃除するの誰だと思ってるのさ。いや、俺じゃないけどね。
逆に天国行きのお婆ちゃんなんかは、「ありがたや」とか言って手合わせて拝み始めたりする。そりゃ菩薩の化身だったりもするけど、別に仏様でも、神様でもなくって、単なる王様なんだけどな。嬉しくも不快でもないから好きにさせてるけど、俺そんなに優しくないよ。あんまり過剰な期待しない方がいいと思うんだけどな。
まあ気持ちは分からないでもないよ。天国行きってだけで人間はめちゃくちゃ嬉しいんだろうから。
俺に言わせりゃ、どっちだって大して変わんないのにさぁ!


とまあこんな具合におっそろしく単調な毎日なので、やりたいこと、やれることは何でもやってみました。さぞかし周りの皆さんは不思議だっただろうね。気味も悪かっただろうね。そんなに趣味悪いことはしてきてないつもりだけど、趣向なんて人それぞれだし。
ま、トップにいる奴なんて何考えてんのかわかんないくらいの方がいいんだよ。わかりやすかったら最後、部下の操り糸に絡めとられちゃってマリオネットの出来上がりだ。アホだと自分の手足に絡まった糸に気づきもしない。歯がゆい思いするよりかえって幸せかな。

でもね、困ったことに、そろそろネタ切れだ。
みんな面白くない。
だって長いんだよ、長過ぎるんだよ。何やったって、途方もない時間の中じゃ限界があるんだよ。
昔々から下界の皆さんは不老不死になる方法を探して頑張って、パチもん掴まされたりしてそれに満足したりして慰め合ってるけど、やーめーとーけって。
「ただ死なないだけじゃ嫌。若く美しいままじゃなきゃ」とかさらに贅沢言うご婦人もいらっしゃるけど、若く美しいままだって同じだよ。俺も昔おんなじこと考えて、見た目二十代くらいにして嘘みたいに綺麗な顔に作って仕事してた時あったけど、結局大して変わらないことに気づいた。百年経ちゃ、ねえ。
知らないから好奇心が生まれるし、どうせどんなに頑張ったって実現しないから憧れるんだろうけど、つくづく無知は罪だなって思うよ。
「馬鹿は死ななきゃ治らない」って言うらしいけど、どっこい、死んでも治んねーんだこれが!死後の世界にいる俺が言うんだから間違いはない。地獄での苦行で多少更生するやつもいるっちゃいるけど、微々たるもんだと思います。
可哀想にね、来世に期待してるだろうに。同情するよ。
だってさ、不老不死になったら、あっという間に独りぼっちになっちゃうんだよ?実証済みだから肝に銘じとけ。


今こんだけぶっちゃけてるけど、俺普段こういうこと絶対口にしないからね。誰かに言ったことないんだ。閻魔様はこんな小汚いこと考えてちゃいけない存在なんだってさ。難儀だよね。だから内緒ね。


さてさて、俺もだんだん嫌になってきました。
もういいよ、ここのこと大体理解したし、辛いことも悲しいことも十分過ぎるほど味わったし、……嬉しいことはもうちょっと欲しかったけどこの際贅沢言わないからさ。
いい加減誰か来世に連れてってくんねぇかな。俺もう疲れたよ。そうね、温泉にでも浸かりながら、美味い酒でも飲んでどんぶらどんぶらと。
あ、本気にしないでね。たまにこういうこと言いたくなる時期が来るだけだから。ほら、下界の方々も死ぬ気なんて全然ないくせに「死にてー」とか「自殺しよっかな」とか言うじゃない。あれと一緒一緒。あ、それね、聞いてる方は結構不快だからあんまり言わない方がいいよ。
……あれ、ていうか、俺に来世ってあるのかな。元人間だけど最早人間じゃねぇし、俺が死んだらまた新しい閻魔大王が生まれるだけだし、じゃあ消えてなくなっちゃうのかね。それもいいかなぁ。思考することに疲れちゃったわけだし。
はいはい、要するに無理なのね。わかったよもうワガママ言わないよ。
だからさ、何か面白いもの寄越して頂戴よ。ピンクのサテンのリボンで綺麗にラッピングして。



そしたら、来たよ。面白いの。
この鬼、俺のことが好きなんだってさ。いや、直接そう言われたわけじゃないけど、そうでしょ。尊敬も交じってるけどね。
俺がこんななりしてるから、崇拝に近い尊敬しちゃう鬼なんてわんさかいるんだよ。それは男も女も関係なくて、たまに身の程知らずな奴が「好きですお慕いしております」とか言ってきたりします。そういう時は「はいはいありがとー俺も大好きよー」……と言いたいのを必死にこらえて、まあ適当にあしらう。だってそれ以外にどうしろって言うのさ。
閻魔大王の色恋はそれはそれは、天地がひっくり返ったってあり得ないことらしくって、「閻魔大王が恋をしやがった!」って大騒ぎする本まであるくらいなんだから。必要ないからそういう感情与えられてないってのもあるし、菩薩なせいで性欲もないからってのもあるけど、もっと根本的なところ。
考えてもみてよ、自分を愛せない奴がどうして他人を愛せるの。

さてその愉快な鬼に話を戻そうか。
褐色の肌に金髪、精悍な顔立ちと野性的な印象ですが、性格は実直で几帳面、敏腕秘書君。女の子がほっとかないだろうに、何をトチ狂って俺にしたんだか。不憫だ。
でも今までの方々とは何となく違う気がして、こう、なんていうの、あんまり下から俺を見上げていないんだよね。それがちょっと好印象で、じゃあこうしたらどう出るかなって思って、ちょっとふぬけたところを見せてみました。
そしたらもう、出てくる言葉が辛辣ですこと。俺閻魔大王だよ?容赦ねぇなこのガキ。笑い堪えてとぼけた顔してるの大変だった。
失望して幻滅すると思ってやったのに、それどころか、かえってこの鬼は俺をもっと好きになってしまったらしい。駄目な人ほど好きになっちゃうってやつかね。完璧超人でちょっと気持ち悪いぐらいだった人にも欠点があるんだ、って具合に安心したのかな。何でもいいけどさ。


試しに「君は俺が好きなのかい」って聞いてみたことがあるんだ。
「何言ってるんですか」って呆れた顔されるかと思ったら、驚いたよ、真っ赤になって固まっちゃった。褐色の肌だから紅潮してることなんてわかりにくいはずなのに。恥ずかしそうに、悔しそうに、あーあー、困ってるよ。俺の方がぽかんとしてしまった。
好きなんだ。本当に、この俺が。


ハッハッハッハッハッハッハァ!駄目だ、死ぬ、笑い死ぬ。ああそれも案外幸せな死に様かもしれない。


いやいやいやいやまだ死ねねぇって!こんな面白い事態になっちゃった今となっては。
幸か不幸か、俺はもう彼の虜だ。離さない、逃がさない、誰にもあげない。どうしてくれようこの愚か者を。アンラッキーボウイを。楽しくなってきたぞ。無味乾燥な俺の日常にもとうとう色が!素敵!
考えるだけで胸が震える。どうしよう?極端なアメとムチで悦ばせようか。俺無しじゃいられないくらい駄目な奴にしてしまおうか。ずたずたにしちゃう?ぐずぐずにしてみる?それとも夢みたいに優しくしてあげる?
全身が歓喜してる!これが恋?ははは、笑わせる。そんな高尚なもんじゃないよきっと。


色々選択肢を用意したけど、最終的に、ほとんどやってこなかった事をチョイス。せっかくだから。
髪の毛掴み上げて、両手縛って、快楽という海に頭を突っ込んでやることにした。
呼吸なんて許さない。侵入してくる酷い味の海水に動揺して、嫌がって、苦しんで、でもしまいにはその変な味が癖になっちゃうんだ。そんでそのまま溶けて一部になってしまえ。
泣いても叫んでも執拗に苛め倒して、抉って抉って、ありゃ、もう中身が無くなっちゃうや。酷い有り様だ、骨の髄までどろどろじゃないか。
もう出るもんも出なくなって、声も掠れて引っくり返ってるし、頭の上ら辺で痛々しく縛られた手首も、もう抵抗しなくなった。死体みたいな目は焦点が合ってなくて、それはそれは凄惨な光景でした。
そうなんだよ、骨が折れなくたって、肉が裂けなくたって、死ななくたって、生き物ってのはずたぼろになれてしまうんだ。
呼吸をするのも億劫そうな彼を見下ろしながら、それでもこちらを見上げてくる目を見つけ、彼の肌に手を置いて術を重ね、無慈悲な熱を灯しました。蚊の鳴くような「もうやめろ」という声を口移しで味わいながら、再び無理やり植えつけられた彼の快感を増長させるべく中身を引っ掻き回す。


何でやめないのかって?
だってこの子、「助けて」って言わないんだもん。「やめろ」とは言うんだけどさ。飛び出す言葉は罵倒ばっかり。湿ったコケティッシュな喘ぎ声も出してくれるんだけど、「クソ」だの「死ね」だの「殺す」だの……育ちが悪いのかね。可愛くないな。
「やだ」「やめて」「助けて」って言ってくれれば、すぐにでもお仕舞いにするのに。そんで優しく、でも力強く抱きしめて、額に頬にキスして「おやすみ」って言ってあげるのに。一晩中抱きすくめて、あっためて、傍にいてあげるのに。
ま、羞恥に顔歪めて奥歯ギシギシ言わせてんのも、見てて楽しいけどね。



ねぇ鬼男君。俺、今君を試してるんだ。
この極限状態で君がどう出るのか。俺を驚かせてくれないかなって。
一人で楽しむのはそろそろよしてよ。俺を独りにしないで、置いてけぼりにしないでよ。ちゃんと俺にも侵入してきて。

乱してよ、俺の秩序をさぁ!
そんで言って?舌っ足らずな声で、Say!
え ん ま しゃ ま !!




とかなんとか考えてテンション上げまくってたら、油断した。
それはもう完璧に。
どこにそんな力が残ってたのって小一時間尋ねたいところだよ。
こいつ、縄引き千切って俺の首にしがみついて、肩に思いっきり噛み付きやがった。
とんでもない力だ。肩の骨がバキバキいって、もう少しで鎖骨までやられるところだった。やだね、骨の折れる音なんて気持ちのいいもんじゃない。しかも自分の体内で鳴ってると思うと、うえぇ吐きそうだ。だって骨片が肉にまぎれちゃってるんでしょ?
彼は大量に溢れ出た血液をじゅるりと音を立てて吸い取って、精液と鉄の匂いが立ち込める中、事切れたみたいにベッドに沈んだ。眼は閉じていた。もうぴくりとも動かなかった。


わかる?この時の俺の驚愕。だってこの縄、鬼封じの術かかってたんだよ?無理なんだよ、普通。どう頑張ったって解けるわけねーんだって。
何なんだこいつ。実は神なの?冗談きついよ。
でも、何となくわかってしまった。彼は俺を殺そうとして噛んだわけじゃない。だって聞こえたんだ、「ふざけんな」って絶叫が。
馬鹿だな。俺に痛覚なんてないのに。すぐ治っちゃうのに。
思わず物言わぬ彼に「美味しかった?」と囁いた。俺の血は死ぬほど美味いらしいから。勿論返事はなかったけど。
気になってしまって、血まみれの彼の唇を貪ったけど、不愉快な味しかしなくてがっかりした。だってこれ俺の血じゃん。
でも触れた彼の唇は甘やかで、悪くはなかった。


付着した血を彼の口の中のまで綺麗に舐め取り、最後にきゅっと抱きしめて布団を被った。動物の毛づくろいみたいだ。
腕で彼の体を抱きながら、少しだけ怖がっていた。だって、得体の知れないものを抱きしめてるんだもの。未知なんだよ。宇宙人だよ。


だってこんだけやったって、まだこいつ俺のこと好きだよ。


信じられない。信じたくない。頭いかれてんじゃねーの。
幻滅しないの?軽蔑しないの?「大丈夫、私にはあなたがわかるわ」とかクソみたいな台詞吐くつもりなわけ?
予想だにしてなかった事態に俺は酷く動揺していて、もうすぐ来てしまう朝がちょっと怖かった。

早く起きて、お風呂入って身支度して、とっとと仕事に行ってしまおう。そんで後からやってきた彼に、いつも通りの気品のある微笑を提供してやるんだ。



うん、そうしよう。





・参考 「揶揄」「おしゃかしゃま」(RADWIMPS)


えなさんに捧げたもの
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