正しくない恋


※大学生・妹子は曽良君の一個上




なんとなく気づいちゃいたんだ。
でもそれなりに上手くやってたじゃないか。
わがままだって許したし、美味しい店にも連れてって、お前だって楽しそうに笑ってたよな。
ここまできて、「妹子ってどうしても『いい人』止まりなのよね」って、そりゃねぇだろ。
あんな勝手な女だと思わなかった。何故もっと早く気付かなかったんだろう。どうして僕ばかり損しなくちゃならないんだ。
まあ一番許せないのは、忘れることもできそうになく、忘れる気もなく、それなのに笑って別れを承諾してしまった僕自身なんだが。

「妹子って、最後の最後までいい人なのね」

そりゃねぇだろ。



「どうしたんですか」

構内の人通りの少ないエリアのベンチで項垂れていると、偶然、いや目ざとく見つけてきた河合に声をかけられた。何故かこいつにはあまり見られたくない時、会いたくない時に遭遇することが多い。
頼むから放っといてくれよ。

「薬指の指輪、昼に食堂で会った時にはつけてましたよね」

どうしてこうこいつは的確に人の急所を突くのだろうか。天然か、嫌がらせか、この感情の起伏のない表情からは読み取れない。
にしたって、何も今言わなくとも。僕は途方に暮れてしまった。
しかし、依然河合は僕を見下ろしている。何かしら理由つけて、空気読んでどこか行ってくれよ。サークルは?バイトは?と言う元気も、僕にはなかった。情けないことだ。

「今さっき別れたから外したんだよ。……答えたぞ、これで満足?」

河合の無感動な唇がぴくりと動いた。
あいつもどうせ他に好きな男ができたか、もう男がいるんだろう。もっともらしい理由ほど信用ならないものはない。
あいつの好きになった男も、こいつのように整った、すらりとした男なのだろうか。どうせ僕は身長も大してないし、顔も女顔の童顔ですよ。

「はい、とても」

などということをぼんやり考えていたら、なんとまあ癪に障る返事が耳に入ってきたもんだ。
何なんだこいつは。わざわざ人を怒らせて何が楽しいんだ。思わず口をついて文句が出る。もちろん、本音の何倍も薄めて。

「あのさ、普通『変なこと聞いちゃってすみません』とか言わない?」
「変なことじゃないので」

即答され、僕は面食らってしまった。言葉の意図が掴めない。
頼む、はっきり言ってくれ。僕は他人の真意を汲むのがあまり得意じゃないんだ。


「これでようやく言えますよ。ずっとあなたが好きだったので」


そんなセリフを吐くときも無表情か。僕はなかば感心しながらその綺麗な顔を見上げていた。
確実に僕の頭は追いついていない。
何だって?何だって?今お前何て言った?

えぇ?

「ちょっと待て、落ちつけ。お前自分が何言ってるかわかってる?」
「面倒くさい人ですね。好きだと言ってるじゃないですか」
「いや、あのね。女顔なのは自覚してるし、背格好だって男らしくないけど、僕一応れっきとした男だから」
「自惚れないでください。女っぽいからってわざわざあなたを選ぶわけないでしょう。それなら普通に女を好きになりますから」

本当に、いちいち癇に障る言い方だなこのやろう!気を遣って会話してやってるのに酷い言い草だ。きっと僕は今怒っていいのだろうけれど、不躾だがストレートで偽りのない物言いがとても彼に似合っていて、恐ろしいことに、どこか清々しささえ感じてしまっていた。

「じゃあ何で。実はホモなの?」
こちらも負けじとストレートに言ってみる。しかし河合は顔色一つ変えずに淡々と返してきた。
「男を好きになったのは、あなたが初めてです」
静かにだがきっぱりとそう言われ、僕は思わずどもりながら「そう」と納得して返事をしてしまった。

「告白ってあまり好きじゃないんですけどね。言う方はすっきりしますけど、言われた方は相手の好意背負わなきゃならないんで」
なるほど、もてる彼ならではの理論ということか。彼に目をつけている女は常に何人かいるが、彼が誰かと付き合っているという情報はいまだ聞いたことがない。要するに、片っ端から断っているということだ。世の男性から嫉妬羨望の目で見られそうだが、おそらく本人はかけらも気にしないだろう。
すっきりねぇ。振られたらすっきりの後にどん底が待っているとか、想像できないのだろうかこの男は。

「でも、どうせ振られるなら思いっきり背負わせて悩ませないと割に合わないと思いまして、今言ってみました」

ははは、今のは僕の聞き間違いか?
この度を越したふてぶてしさ、呆れて物も言えない。僕が何故今こいつを殴っていないのか不思議だ。
知らなかった。こいつの考え方がこんなに暗く、意地の悪いものだったなんて。
しかし、俗に言うイケメンというのはつくづく得だと思う。こんな失礼極まりない言葉を吐いても、美しい顔形、加えて澄んだ低い声で言われると、様になってしまうのだから。不覚にも腹がずくりと疼いた。
ああ、段々腹が立ってきたぞ。これからきっと良からぬことを言ってしまうだろう。
でも、それもこれも全部こいつのせいだ。僕は悪くない。デリカシーのかけらもないこいつが全ていけないんだ。

「いいよ、付き合おうか」

良からぬことって、そういう良からぬことかよ。僕は言ってしまってから自分自身に突っ込んだ。
駄目だ頭が上手く働いていない。まずいぞ、これ絶対後で冷静になって後悔する。落ちつけ、やめとくんだ僕。すると、今まで無表情だった河合の眉が訝しげに寄せられた。
「振られてやけになってませんか」
「言うなよそれを」
んなこたぁ僕だってわかってんだよ。でももう後に引けなくなってしまったんだ、今更撤回しないから安心しろよ。
言っとくけど、僕はお前のことなんか大して好きじゃないからな。それでもお前と付き合うと言ったのは、なかばお前に対する嫌がらせだから。憂さ晴らしにとても不誠実な付き合い方をしてやる。
こんなにも思いの量のバランスが相手に傾いているのは初めてだ。せいぜい気楽な思いをさせてもらうことにしよう。

で、飽きたら、もしくは我慢できなくなったら、素っ気なく悪魔みたいに捨ててやる!


と、思いながらも、どうせそんなこと僕には出来やしないと、わかっていた。


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