もうゼロしか残っていない


「妹子、ベーして、ベー」

本当にこの人は何をするにも脈絡がない。いつまで経っても行動が読めない。
半ば諦め気味に僕は答えた。

「まあ一応聞きますけど、何でですか」
「ほんとに舌が伸びるのかなって」
「伸びねぇよ。勝手に僕の体のパーツをねつ造しないでください」
「ほらいいから、ベー」

僕がいくら顔をしかめてたって、言いだしたら聞かない。そして結局僕は付き合ってしまう。くだらなくて無駄な、彼の一人遊びに。
言われたとおりに、いや一応渋々と不本意そうに舌を出すと、彼はまじまじとそれを眺めた。舌を見せているだけなのに、何故だか辱めを受けているような気がしてしまい、微量の興奮が沸いた。
この人は何をするにもとても顔を近付けるのでいけない。
そして舌を出しているというのは案外辛い。先が震えてくるし、表面がひやりとして落ち着かないし、喉のあたりが苦しい。

「確かに長いかも」
彼がようやくそう言うと、僕は舌を口の中に収めた。もう気が済んだだろうと思って。今僕は、頭のてっぺんから足の先まで適当に振舞っている。
「長いだけで伸びはしませんよ」
ぞんざいに言ってやると、彼は歯を見せていたずらっこのように笑った。
「でも長いから、ディープなチューをしたら私の喉に届いてしまうな」

普段であったならば浮上してくるはずの「そんなに長いわけねーだろ」という言葉が僕の中に見当たらず、全身から温度が後退し、思考までもが遠のいていく気がしていた。
しかし何か言わねばならないので、何とかさっきの言葉をかき集めて「そんなわけねーだろ」と言っておいた。
何を勘違いしたのか知らないが、「そう怒るなって」と僕を宥めて抱きしめてきた。世にもどうでもよさそうな風を装って、僕はされるがままにしておく。


なるほど。
ということは。
あなたを殺したくなったら、舌で気管を塞げばいいんですね。

死にたくなければ、そうですね。
僕の舌を噛み千切るといい。


この恋には常に死が穏やかに寄り添っている。
恋をしたなら、死んでしまうしかない。
『僕は』生きていられない。

よってこの引き算は平等ではない。
僕が死ねば人間が一人残るが、彼が死んだら残る人間は一人もいなくなるからである。


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