ずるいのはどっち


「お、大漁ですねぇ色男」

資料の提出から帰って来た僕を、大王がにやにやと笑いながら出迎えた。
彼の視線は、僕が抱えている綺麗にラッピングされたプレゼント達に向けられている。
今日は下界でいうバレンタインデー。製菓会社の陰謀が多分に含まれているこのイベントに我々冥界の住人が参加する意味など 全くないのだが、頂点に立ってる男がイベント好きの上に甘味好きとくれば、これを外すことは許されない。
まあ実のところ、辛気臭い冥界でのこの貴重な浮ついた空気が皆嫌いではないのだ。

しかし自分のことにはとかくぼんやりしている僕は、自分がどの程度貰うかという検討を毎年つけずにふらふらと歩き回るからいけない。
今だって書類を出して帰りは手ぶらのつもりだったのに、腕の中に見事にチョコレートの山を築いてしまった。
女性の前を通れば好奇の視線を向けられ、男の前を通れば嫉妬羨望の視線がぶすぶすと刺さってくる。
なんでそんなに恨まれなければならないのだろうか。女性達がこぞって僕に贈るのは、僕が閻魔大王の秘書だからに決まってるじゃないか。
女性陣も女性陣である。いくら僕に貢いだところで大王から何かしらの恩恵が返ってくるわけでもあるまいに。
なんだか無駄な肩の凝りを味わいながら、僕は執務室に戻ってきたのである。

「からかわないでくださいよ。こっちは酔いそうで参ってるんですから」
「匂いも駄目?デリケートだね」
チョコやらクッキーやら色んな甘い匂いが混ざってる中にいてみろ、特別嫌いじゃなくたってくらくらする。
「大王、手伝ってください。僕だけじゃ絶対無理です」
貰った半分を机に置くと、大王が眉を寄せた。
「えーいいのかな。鬼男君が貰った物じゃん、俺が恨まれそう」
「誰も見てませんよ。捨てるよりマシです」
「捨てっ……、さらっと恐ろしいこと言うけどね、これどう考えても義理の割合のが低いよ?」
義理か本命かがわかるのだろうかこの男。大体貢ぎ物に義理もクソもないだろうに。
「あ、でも僕より大王の方がよほど大漁でしたよね。食べ切れますか?」
「ご心配なく、甘いものに関しては胃袋底無しなんで。にしてもあれ全部義理だからなぁ、つまんないの」
「閻魔大王相手に本命渡す人はいませんよ……」

何せ冥界で最も高貴(と思われているらしい)な人だ。普通の女性なら恐れ多くて恋心など抱けやしない。
しかし大王が甘味好きなのは周知の事実。あちこちから貢ぎ物……もとい差し入れとしてお菓子が届き、どんなモテ男だろうと敵わない量となっている。

「しかしモテますなぁ君。さすが俺の鬼男君」
「誰があんたのですか」
「え、違うの?」
そう返されては僕は黙るしかない。
はいはい、どーせ僕はあんたのものですよ。
しかし、

「意外でした」
「何が?」
「てっきり怒るかと思ってたので」
「何で?」
「だからその、僕がこういうものを、貰ってくることに」
途切れ途切れに話す僕を見て合点がいったらしく、大王はああ、と言ってにやりと笑った。
「俺が妬くんじゃないかって?」
「は?違いますよ。だってこの人たち、僕に貢いであなたとの繋がりを取り次いでもらいたいわけでしょう?そういうの、あなたが良く思うとは思えなかったので」
大王が何故か頭を抱えだした。今更じゃないか、何を悩んでいるのだろうか。僕は不思議そうに眉を寄せてみせた。
「仕方ないじゃないですか、あなたの立場の重さを考えれば」
「君はアホなのか?バカなのか?」
搾り出すように吐かれた大王の暴言に、僕は力いっぱい憤慨した。
「いきなり何ですか!バカなのもアホなのもアンタでしょう?!」
「だからさっき言ったじゃん本命の方がどう見ても多いって!女の子達は君のことが好きだからくれたの!俺は全然関係ないの!鈍感もそこまでくると犯罪だよ?!ちょっとは女心理解してあげなさい!!」
今度は力いっぱい説教をされ、僕は唖然としてしまった。そして数秒後に蒼白になる。
「どうしよう……もしかして今まですごく失礼な態度を取ってきてしまったんじゃ……」
「だろうねー。高いやつ買うか、もしくは頑張って作ったやつを勇気出して渡したっつーのに、貢ぎ物だと思われてたなんてねー。俺ならその晩泣き寝入りだな」
畳み掛けるように繰り出される事実に、僕は押しつぶされそうである。
いや、でもそんなにそっけない態度は取らなかったはず。ホワイトデーという強制お返しイベントが一ヵ月後に控えているため、渡し忘れの無いように いちいち相手の名前と部署までメモをした。相手も嬉しそうにしていたはずだ(顔なんてあんまり良く見てなかったが)

そして僕は別の問題が浮上してきたことに気づいてハッと大王を見た。
「え、じゃあ今度こそ妬きますか?」
「何でよ、いいじゃない。命短き恋せよ乙女、好きになるのは自由でしょうが」
先の説教の勢いで「何この大量のお菓子許せん鬼男君は俺のなのにバカバカ鬼男君の浮気者」などと徹底的になじられるかと思っていたのに、まさに拍子抜けである。

「ま、叶わない恋だけどさ」

さらりと何の気無しに零れた独り言を、僕は聞き逃さなかった。
動揺しっぱなしで混乱していると、普段なら考え付きもしないことを言い出すものである。半分ヤケになっていた僕は強気な視線を送ってみた。
「そうでしょうか。恋愛は何が起こるかわかりませんからね」
「おや、浮気のご予定が?」
「さぁ?」
妙な挑発をしてしまった、と今更後悔するが、もう後戻りはできない。
大王はしばらく僕をしげしげと見ていたが、おもむろに僕に手を伸ばした。

「変な意地張るなって」
不意にぐい、と引き寄せられ、額に口付けられた。咄嗟に後ろに飛びのく。手の中のチョコが落ちそうになって少しもたついた。
「何すんですか!」
額を押さえて慌てふためくと、大王がクスクスと笑いを堪えている。
「ちょっと意地悪しようかと思ったけど、やーめた。愛されてないっていじけられたら困るもんね」
「すごい自信ですね。ほんとに浮気したらどうするつもりですか」
ああもうこんなことが言いたいわけじゃないのに。浮気なんかするかよ馬鹿野郎。

「しないよ。だって鬼男君、俺のこと好きでしょう?」

座ったままの大王が僕を見上げている。
自信過剰でもなく、確認でもなく、ただ事実を述べている風な大王を見ていたら、どうしようもなく胸が一杯になってしまった。

「はい……」

気がつくと返事をしていた。
なんというか、さすが閻魔大王とでも言うべきか、時々有無を言わさない雰囲気があるんだ、この人は。
ああもう、普段なら絶対こうはならないのに!
僕がしばらくぼうっとしていると、大王が盛大に吹き出して机に突っ伏した。
同時に僕も我に返る。
「嘘、ここで『はい』って言うとは……あはは最高」
「ああああもう笑うなぁぁぁ!!」
「大体君みたいな恋愛オンチが浮気なんて器用なこと出来るわけないじゃん。はなっから信じてないよ」
「だああああそれ以上言うなムカツク!!」
突っ伏したまま肩を震わせて笑っている大王に思いきり怒鳴ったが、真っ赤になったまま怒ったって迫力なんか出やしない。

ちくしょう、どーせ僕は恋愛オンチですよ、アンタが好きですよ、悪いか!
じゃあアンタはどうなんだよ、僕にばっかり言わせやがって。
ああもう腹立つ!
渡すタイミング完全に失っちゃったじゃねーか!

貰ったプレゼントの中に紛れるようにして持ってきた、金色の包装紙に包まれた箱を、僕は恨めしげに睨んだ。
そう、実は用意してあるのだ。貢ぎ物でも義理でも何でもない、正真正銘のその、アレがだ。
しかし、何かいい案が浮かぶわけも無く、うう、と大王に気づかれないよう小さく唸った後、僕は諦めてため息をついた。
引き上げよう。もう今更言い出すのは、僕には無理だ。
プレゼントを抱えたまま背を向けると、大王に呼び止められた。
「ちょっと、半分くれるんじゃなかったの?」
やっぱ駄目か。仕方なしに机の上に広げると、たっぷりの甘味を前にしてご機嫌な大王は鼻歌を歌いながら吟味し始めた。
問題の金色の箱は、大王から一番遠い、つまり僕のすぐ手前の位置に置いてしまったので、大王はそれの存在に気付いていない。
ほっとしたような残念なような複雑な気分のまま、大王が選び終わるのを待っていた。

大体そもそもの魂胆がさもしかったのだ。半分渡す分の中に自分の用意したものを紛れさせて、それであげたことにしようなんて。
だって仕方ないだろ、どうしても正面切って渡す勇気が起こらなかったんだから。
これでもある程度のプライドはある。恥ずかしくて死ぬ、なんてことも僕に限っては有り得ないことじゃない。
てゆーか何より、渡したときのこいつのリアクションが想像つかなくて怖かったんだよ!
どんな顔をされる?普段辛辣な言葉を浴びせたり、問答無用で爪ブッ刺したりしてくるような奴が、しおらしくチョコを差し出すなんて、

数カ月はネタにされるに違いない……!

この耐え難い恥辱を回避するためには、こんな反則じみた手段に出るしかなかった。
にしたって、なっさけねぇ……。

「まだですか?もうそろそろ仕事再開しますから早くしてください」
「まぁだ。もちっと待って」
「えぇいキリがねぇ!」
適当に手前から半分を没収すると、大王が「あぁん」と気色の悪い声を上げて不満げになった。
「返しなさいコラ!まだ途中なんだから」
「駄目です。ほっとけばエンドレスだろアンタ」
語気が尖んがってしまっているのは勿論僕の手の中に金色の箱が混じっているからだ。
ああもうちくしょう、チキンすぎる。赤くなりながらもきちんと僕に渡してきた女性の皆さんの方が余程度胸がある。
でも悲しいかな、基本的に男の方がチキンなんです。
意を決して今度こそ背を向けようとしたら、

「ストップ、鬼男君」

またしても大王に止められた。

「今度は何ですか!」
不機嫌そうにがなってみせると、大王が細めた目で僕をじっと見ていた。そして白く大きな手を、肘をついた状態でこちらに差し出した。
「その金色のやつ、ちょっと貸して」
僕は何も言ってない、言ってないぞ。
渡さないわけにもいかず、急に大合奏を始めた心臓を叱咤しながらその箱を手渡した。
手に取って顔を近づけた後、「やっぱりだ」と呟いて僕を見上げた。
「これだけ女の人の匂いがしないんだけど、君、男からも貰ったの?」
犬か何かかこの野郎。
ほんとに何でもありなんだなドちくしょうめ。
「ああそうなんですよ。アンタ以外にも物好きがいて困りました」と涼しい顔して言えばいいものを、ここで僕がどれほど馬鹿だったかというと、
「そんなわけないでしょう?!」
と言ってしまったくらい馬鹿だったというわけだ。
案の定、大王が勝ち誇ったような満面の笑みを浮かべた。

「じゃあこれは誰からのかな?」

チックショオオオォォォ。

参ったよ降参だ白旗だ。
僕はそっぽを向いて無言の肯定をした。顔が異常に熱いのでおそらく赤鬼状態なんだろう。
よりによって最も恥ずかしい結末になるとは……!
大王の忍び笑いが聞こえる。クソ、やっぱり笑われた。
死にてぇ……
「今までずーっと俺がちょうだいちょうだいってせがんできたから、たまには、と思って今年は何にも言わなかったんだよね。まあ優しい鬼男君のことだから何らかの形で用意してくれるだろうと期待してたけど、まさかこんな、」
可愛いことしてくれるなんて、と言い終わらないうちに再び突っ伏して笑いだした。
クソー腹立つ。やっぱりネタ大決定じゃねーか。
ヤケになった僕は閉ざしていた口を開いた。
「それにしても驚きましたよ、アンタが獣並の嗅覚を持ってるなんて。僕だって、これでも五感の機能は人間の倍以上ありますけど、さすがに気付きませんでした」
「うっそぴょーん」

腹の立つセリフに、僕は数秒石化した。
ぎぎぎ、と大王の方に顔を向けると、けらけらと笑った憎たらしい顔が飛び込んでくる。
「ウソウソあんなんハッタリよ。匂いでなんてわかるわけないじゃん。君がこの箱だけやたら気にしてる気がしたからカマかけてみたんだけど、当たっちゃった」
どうよ、とばかりにブイサインをかましてくる大王の少年のようなキラッキラした笑顔を見て、僕の中の何かがブツリと切れた。

「…………す……」
「え、何?何か言っ」
「ブッ殺す!!」
「えええええぇぇぇぇーー?!」
「人の気持ち何だと思ってんだこの人でなし!」
「ひ、人じゃないもーん」
「黙れこの性悪イカ!!」
「キャーーーーー!!」


甘い匂いの漂う、皆大好きバレンタイン。
それぞれ楽しく過ごしているかと思いきや、冥界で一番偉いあのお方は、部下の手により血祭りに上げられていた、という記録が、

あったとか、なかったとか。





おまけ・OL恋愛談義

「今年は誰にあげたの?」
「私……鬼男さんに」
「えーー!とうとう?!頑張ったじゃない、どうだった?」
「ニッコリ笑って、『ありがとうございます』って……」
「きゃぁぁぁ素敵ィ!さすが鬼男さんっ」
「お返ししたいからって名前と部署まで聞かれちゃった……!」
「いやぁぁぁ!素敵、男の鑑ね」
「でも貰った人全員に聞いてるみたいなのよね。そりゃそうだわ」
「しらばっくれる奴より全然いいわよ。でも競争率高そうね」
「うん、たくさん貰ってた。しょうがないわよね、かっこよくて仕事出来て強くて大王様付きの秘書だもの」
「イケメンエリートがモテるのは自然なことよね」
「でも私は違うわ!そんなものにつられて好きになったわけじゃないもの。私が新しく閻魔庁に配属になった時ね、方向音痴だから迷っちゃったの。 その時丁寧に案内してくれたわ……忙しかったでしょうに。その後も私が困ってるとき手を貸してくれて、でもね、全然媚売ってる感じじゃないの。 本当に好意からしてくれてるのよ。私にはわかる」
「へー……そうなんだ。上手くいくといいわね」
「うん……でもお仕事がお仕事だから相当お忙しいみたい。大王様の秘書じゃ遊ぶ暇なんてないのかも……」
「あ、そうそう、私ね、一回だけ大王様の審判の見学させてもらったことがあるの」
「ええぇぇ?!ずるいわ、そんな話全然……」
「先輩のコネでね。大王様、初めて間近で見たんだけど……」
「ど、どうだった?」
「やっぱり私達とは違う次元にいらっしゃる方なんだと思った。気品が半端ないわ。凛々しくて、でも優雅で……。判決の時のお声も艶があって、ああ録音したかった……」
「あぁんずるいずるい!私なんて遠くからぼんやりとしか見た事ないのに……!」
「ああでもあんなに素敵な方なのに、愛妾の一人もいらっしゃらないなんて不思議」
「大王様は菩薩の化身だもの。必要ないのよきっと」
「でも奥方を置かずにずっと独り身だそうよ。私達よりずっと長く生きてらっしゃるのに……寂しくないのかしら」
「確かにそうね……」
「ああ私が御慰めしたい……」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。次元が違うんでしょう?」
「そうだけど……。うう、あんたも一回近くで見れば私の気持ちわかるわよぅ」
「はいはい、さっ、仕事戻るわよ」



「「っくしゅ!」」

「あれ、大王風邪ですか」
「いやいや閻魔大王は風邪引かないよ。君こそ大丈夫?」
「はい特には……しかし同時って……なんだか気味が悪いですね」
「何でよ、閻魔大王とのシンクロだよ?光栄に思いなさい」
「くしゃみで……?」




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